健康診断はR1年度→R2.2月 R2年度→R2.9月に受けていた。
元々 肩こり腰痛持ちだったが、いつからだったか夏頃には確実に全身あちこち痛く 40肩もあるなと思っていた。
R1.4月まで週3で半年間ジム通いしたが全く減らなかった体重がやめてから6kg減り、2月健診時に伝えたが流された。
昨年9月には身体中痛いので整形外科に行き、週2でリハビリに通っていた。
仕事では「こちらのイスにおかけ下さい〜」の手が痛かった。
10/18のこと。久しぶりに娘と実家に行く日。髪をとく時に背中に電気が走る様な激痛があった。一時的ではなく治らない。実家の母はいつもの様に張り切ってご飯を作っているだろう、皆楽しみにしてくれているだろう、と思い行く事にした。
オートマのギアを変えるのも痛くて難しかった。
実家ではゆっくりしてなんとか夜帰った。
この痛みの原因は何かとネットで調べると…放っておいたらヤバいやつかも!!大動脈解離を疑った。旦那が帰宅してから救急で診てもらう事にした。
診察を受け 急に安静の為車椅子移動になった。
レントゲンとCTを撮り 車椅子は卒業 肺に影があった。この時行った病院には婦人科で入院歴があり、過去の胸のレントゲンデータがあった。たまたま救急担当医が呼吸器外科医だった。
翌日再受診し、肺癌告知があった。
それからすぐ気管支鏡や他院でのPETなどの検査をし、肺癌ステージⅣ 多発性骨転移 (肩甲骨 胸骨 肋骨 椎骨 骨盤他) リンパ節 肝臓転移 と判明した。
PETの画像が衝撃的だった。
それからはセカンドオピニオンのつもりだったがんセンターに転院。(コロナ禍だったことや、Dr.の説明内容などで判断)
治療が始まった。5回入院した後、今は通院で点滴をしている。
当初は死が近いと思っていた。
あれから8ヶ月。有難い事に1つ目の治療で効果があり、普通に生活しながら生きている。まだまだ死ぬ気はしない。
元々痛みに強すぎるらしく、骨転移の状態がわかった時に驚かれた。普通に生活できるレベルではなく仕事なんて到底できない状態だったと。
そういや、出産も楽勝だったな。笑
今はオキシコンチンを服用している。レスキューのオキノームを使う程度がわからず、今まで2回しかのんでいない。
因みに病気発覚後9月の健診結果は要受診。腫瘍マーカー値やレントゲンが引っかかっていた。
ちゃんと自分の体調に注意して、癌と付き合っていこうと思っている。
落ち込むことはあってもすぐ復活する。
泣いたのは告知直後旦那の前で一度、両親 旦那 娘 宛に手紙を書いた時くらい。
笑って楽しく過ごそうと思う。
いつか居なくなった時に皆が思い浮かべる私の顔が笑顔であって欲しいから。