おとなADHD

おとなADHD

発達障害に関して、実際に体験したことや、感じたことを記していきます。

記事の内容は基本んん調べです。

不定期更新。

コンサータはなぜ「耐性ができる」と言われるのか。

実際は薬が効かなくなるのではなく、脳の慣れや生活負荷の変化が影響していることが多い。

その仕組みを体験ベースで整理していきます


はじめに(注意書き) 

この記事は、医療的な断定を行うものではありません。

 あくまで私自身の体験と、公開されている一般的な医学的説明をもとにした考察です。 

すべてに明確なエビデンスがあるわけではなく、感じ方や経過には個人差があります。

所謂自分のためのまとめの気持ち。


 結論から書くとコンサータで言われる「耐性」は、 薬が効かなくなるというより、

脳が刺激に慣れていく現象を指していることが多いです。

 依存性薬物で言われる「どんどん効かなくなる耐性」とは、少し意味が違います。 

コンサータの作用と「慣れ」コンサータ(メチルフェニデート)は、 

ドーパミンノルアドレナリンこれらの再取り込みを抑制することで、集中力や覚醒状態を保つ薬です。


 脳は非常に順応性が高く、同じ刺激同じ神経伝達量が続くと、それを「通常状態」として処理するようになります。 

その結果

初期ほどの効き目を感じなくなる

シャキッと感が減ったように思える

これが「耐性ができた」と表現されやすい正体です。 


「効かなくなった」と感じやすい理由 

① 最初の変化が大きすぎる

服用初期は…

頭の中のモヤが晴れる

眠気が消える

思考がまとまる

など、変化がかなり大きい。 

この状態に慣れると、効いている状態が「普通」になり…

「前ほど効いていないおばけくん」と感じやすくなります。


② 薬に合わせて生活負荷が上がる

コンサータで動けるようになると…

仕事量が増える

求められる精度が上がる

自分への期待が上がる

という変化が起きやすい。 

結果として、脳への負荷 > 薬の補助量になり、「効いていない感覚」が出てくる出てくる〜。

つまり

これは耐性というより、環境の変化…と捉えています。


③ 用量が合わなくなることもある

体重、睡眠、ストレス量、仕事内容の変化によって、

今の量では足りない効いている時間が短く感じる

ということは普通に起こります。 

これも「耐性」と一括りにされがちですが、実際は調整の問題であることが多いです。 

これも

依存薬の耐性とは別物…ですよね。



休薬で効きが戻ることがある理由

休日は飲まない一時的に中断することで、再開時に効きを感じやすくなります。

上で書いた効いている状態が「普通」にならないようにですね。

…こんな記事を書いてますが、んんは正直、「戻る数日」に意味あるのかなーなんて思っています。

逆に戻る数日なげんなりします。しませんか?豚

依存性がないのなら、毎日服用すればよいのでは。

…まぁ、明らかに脳と身体に負担を与えていることは分かるので、休薬できる日は休薬していますが…。



まとめ

コンサータで言われる「耐性」は、脳の刺激への慣れや、初期効果との差、環境負荷の増加、用量・生活リズムのズレ、これらが重なって起きていることが多い。 

「薬が効かなくなった=ダメになった」と考える前に、今の生活や負荷が変わっていないかを切り分けて考える視点は、かなり大事だと思っています。


参考 いろんなサイト様、自分の脳みそ

疲れた。んじゃね昇天

来年もよろしくお願いいたします。


来年の来院予約もしておきましょうね。

またいつ薬がなくなるかわからないので、

行ける時に行って念には念を…。

 んじゃね昇天

発達障害の原因について調べていると、「脳への慢性的なストレス」という話にたどり着くことがある。

遺伝だけじゃなくて、育つ過程で受ける強いストレスが、脳の使い方に影響する可能性がある、という考え方。


正直、最初は半信半疑だった。
でも自分の幼少期を思い返すと、「ストレスがない時間って、ほぼなかったな」と思う。

7歳のときに両親が離婚している。
そこに至るまでの家庭環境は、かなり荒れていた。


毎晩のように怒鳴り合いの喧嘩。自分は泣いているだけ。それがまた苛立ちの材料になって、声はどんどん大きくなる。
最後はどちらかが家を出ていって、その場は終わる。翌朝、キッチンには割れた皿が散乱している。

電気やガス、水道が止まることもあった。
夜、親が帰ってくるのを待つか、500円だけ置かれてコンビニにご飯を買いに行くか。そんな生活だった。

褒められた記憶はほとんどない。
何をしても叱られる。


保育園の頃、朝に親の部屋の前に立って「今日は保育園行く?」と確認する時間が、ものすごく怖かった。
扉の向こうにいるのが、怒る大人か、眠っている大人か、それ次第でその日の空気が決まる。

今思えば、あの頃ずっと「安全確認」をしていた気がする。


大人になった今でも、身体に残っているものがある。
腹痛は慢性的。
音にかなり敏感で、急な物音に必要以上に驚く。驚いた瞬間、指先にビリッとした痺れみたいな痛みが走ることもある(これが直接関係あるかはわからない)。
怒鳴り声は特にダメで、身体が震える。


行動の基準もわかりやすい。
「それをやって、叱られないかどうか」。
本当は良くない選択だと分かっていても、怒られない方を無意識に選んでしまう。


仕事で指摘されると、内容以上に「全部否定された」感覚になる。対応はできる。でも内側は毎回ぐらっとくる。

こういう反応を見ていると、
「脳がずっと警戒モードで生きてきたんじゃないか」
と思うことがある。


ACEs(逆境的小児体験)という考え方では、
家庭内の暴力、強い対立、ネグレクトなどの慢性的ストレスが、脳の発達に影響する可能性が示唆されている。
特に、感情のブレーキ役を担う前頭前野や、恐怖・不安に関わる扁桃体が、**“安心より警戒を優先する使われ方”**になりやすい、と言われることがある(CDCやFelittiらの研究など)。

ここで大事なのは、
「これが原因で発達障害になる」と言い切る話ではない、ということ。

同じ環境でも平気な人はいる。
遺伝的な要因も大きい。
ただ、発達に使われるはずだった脳のリソースが、生き延びるためのストレス対処に割かれていた、と考えると、自分の特性はわりと説明がつく。


今も人の評価が気になりすぎる。
居眠りも続いている。
集中が切れるのも、頭が真っ白になるのも、「怠け」では片づけられない感覚がある。

だからこそ思う。
子どもにとってのストレスは、想像以上に重たい。

発達が遅れるとか、行動が落ち着かないとか、そういう表面的な話の前に、
その子が安心していられる時間がどれくらいあるか
そこを軽く見てしまうと、あとからじわじわ効いてくる。

少なくとも、自分はそうだった。


んじゃね昇天