この頃の私はまだ子どもだった。
なんならいまでも中身は子どものままなのだろう。
大人になりたくない。そんなことを思うようになったのはきっとこの頃からなのかもしれない。
「男女の差」幼いころはそんなに考えることをしてこなかった自分がいた。
いつからか体育の前に教室を前後にわけてカーテンを引き、男女で分かれて着替えるようになった。
性教育の授業で男女分かれて、教室も分かれて受けるようにもなった。
そしてなにより自分の身体の変化。
それが私にとっては疑問でしかなかった。受け入れることができなかった。
周りの人たちがどうやって自分を理解し、立ち回ってきたのか今でもわからない。
仲の良かった異性の友達もなんだか距離が開くようになり寂しい気持ちを覚えるようになった。
二人っきりで遊んでいてもなにも言われなかったのに、外から付き合っているのかなんて噂が立つこともあった。
そして私がその頃に出会ったのは名探偵コナンの世良真純だった。
今となってはジェンダーレスという言葉ができ、ボーイッシュやLGBTなど性に対して寛容的になった部分もありドラマやアニメなどの創作物においても性別不明のキャラクターが出てくるようになったがまだその当時はその浸透もなく存在も知られていないことが多かったように思う。
私の中で一気に世界が広がった。女の子に生まれたなら女の子っぽく、男の子に生まれたなら男の子っぽくではなく、生まれ持った性に関わらず自分の好きなものにまっすぐにいればいいのだとそう思うようになった。
ただ、それをしたことにより母親は私のことを受け入れなくなった。生まれた性のままのようにらしくあれ。とそういうようになった。世間の体裁がという話だったのか、なんだったのか単純な拒絶だったのか。答え合わせをすることが怖くて今もできないまま。
理想と現実の違いにひどく苦しんだ。翌年、私の環境は大きく変化した。それに伴い、私という存在を受け入れてくれる人以上に拒絶するような人も現れるようになっていった。きっと母親はこれによる孤立を不安視していたのかもしれない。
今となってはそれも思い出の一つ。あの時自分は自分だという考えを貫くことができたから今の自分が形成されていると私は思う。
あの時、周りに合わせて生きていればとてもつまらない人間になっていたとも思う。もちろん苦しくなかったわけじゃない。
それでも今が少し楽しいと思えるのはその経験があるからだと私は考える。
自分らしく、そのままに。この先の出会いがたくさんあり私だからと信頼を置いてくれた存在がいることを私はこの先も一生忘れないだろう。