ある日、仲の良かった子が急に学校に来なくなった。もともと体が弱い子ですぐに熱が出たりとする子ではあったけれど、勉強もできたし学校が苦手だったわけでもない。そんな子が突如として全く来なくなってしまった。

私は隣のクラスではあったものの学童が一緒に遊んでいたりゲームの趣味が同じだったことから交流をもっていた。親同士もある程度面識もあったし、お互いの家を知る中でもあった。そんな子が急に来なくなるのはやはり心配になるものだ。

当時はまだ不登校な子は周囲にはいなかったし学年全体で仲が良かったため誰かが病気など以外で、休みをとることに不自然さを感じていた。そして私は調査に出た。なぜ学校に来なくなったのかを。

 

同じクラスの子や親を通して情報収集をした結果わかったのは、隣のクラスの担任がその子をいじめていたからだと分かった。

体が弱く休みがちだったことから標的とされてしまったようだった。もともと少し高圧的な面があり、口調が少し粗かったり声が大きく威圧的ではあった。けれど私はこの人はそういう人だと特に気に留めることもなかった。もちろんほかの子でも苦手意識をもっている子はいたとは思うが。

学校を体調不良で休んでしまうことは致し方ないことのはずだし、休んだからといって遊んでいたわけではなく頭もよかった。

けれど、その人はその子の存在を目の前で否定したりと散々な対応をしていた。「体が弱いなら鍛えてやる」と持久走の授業でほかの子よりも追加で走らせていた。結果的にその子はその持久走のあと三日間寝込んでしまっていた。

本来であれば学校側から配慮を受けていたはずなのにそれすらも全て無視していた。

その子の親もその状況を認識しており、無理に行かせる必要はないと思っていたようだし最初は本人が学校にまた行きたがるまで見守っていた。しかし、最終的にその子は家族ごと引っ越しをし転校していった。

 

その後、また別の子がターゲットになった。その子も私と交流のある子だった。

ほかの子よりも体が小さく性格もおとなしい子だった。ご飯を食べることが少し苦手だったその子は頑張って給食を食べていたはずなのに強制的に下げられてしまったりとこちらも散々な対応をされていた。その子もまた不登校になってしまった。

この後に関して後述しようかとも思うが、相談室登校になりだんだんと学校に復帰してくるようになったのはうれしい話だ。

 

 

その後、学年が変わるころにはその人も学校からいなくなっていた。後から聞いたが教職もその時やめていたそうだ。

きっとその子の親が学校や教育委員会などに訴えてやめさせたのだと思う。

そりゃそうだと思う。一年で二人も不登校者を作り、ほかの子にも高圧的な態度を続けクラスを独裁国家のようにしていたのだから。

もう少し早く気づき行動をなにか起こすことができていればと考えることも少なくない。その子たちにも今後会うことはないだろうが元気に暮らしていてほしいと思う。

 

私はこの時くらいから教員になることを夢見るようになった。児童や生徒一人一人と誠実に向き合い、成長を見守れるような教員になりたいと思うようになり目指し始めていた。

その子たちの二の舞をつくらないような教員環境を作りたいとさえも思った。それが私のできることだと考えていた。