

東日本大地震から今日で1週間
毎日地震、津波、原発の報道
日が経つほど被害の大きさがわかり、心が痛む毎日です
まだまだ余震もあり不安な日々が続いています
私の住む地域は大きな被害はなかったものの、所々壁が壊れていたり、地面が割れていたり…
しかし、家族や友人が無事で暮らせていること
本当に幸せな事だと感謝しています
この事を忘れない為にも地震当日自分がどう過ごしたのか記録しておきたいと思います
2011年 3月11日(金)
仕事は休務
病院の定期検診に出かけていました
診察、会計を済ませ駅に向かうバスに乗った途端に地震が起きました
今までに体験したことのない大きな揺れ
嵐の海の中にいる船に乗っているよう
揺れがおさまり何事もなかったようにバスは発車
その時は情報が全く無いためこんな大きな地震が起きてるとは思いませんでした
駅に着いてから2度目の地震
やっと大変な事になってることがわかりました
電車が全てストップしているので帰れない事態
バスは動いていたのでバス停に行くと長蛇の列…
ふと叔母がひと駅先のところにいることを思い出し走って叔母の家に向かいました
叔母の家で家族に連絡
旦那だけ連絡がつかず…
その日旦那は車で出勤していました
新宿にいた旦那は立体駐車場のエレベーターが復旧するまで動けない状態
18:30やっと車に乗り家に向かうため出発出来たみたい
19:00旦那と連絡がつき私が叔母の家にいることを伝えられました
車で迎えに来てくれるというのでそのまま待機
21時過ぎになんとなく迎えに来られないような気がしたのでタクシーで自宅に向かい、22時に無事帰宅しました
家の中は少し物が倒れていたくらいであまりひどい状態ではなかったです
テレビをつけて情報を得ながらだんなの帰りを待ちましたがなかなか帰ってきません
連絡もつかないし不安な夜を過ごしました
結局旦那が帰ってきたのは朝方4時
旦那の顔を見た途端涙が溢れました
無事でよかった…
旦那がシャワーを浴びた時「水が茶色いよ~
」との声
赤水が出ていました
赤水は出なくなるまで家の全ての水道を流しっぱなしにしなければなりません
水がかなりもったいないのですが仕方なく実施
旦那には先に休んでもらい、私は寝ずに赤水が出なくなるまで待ちました
赤水が出なくなったのはお昼過ぎ
10時間流しっぱなしでした
水を止めやっと仮眠を取ることが出来ましたが、余震も続いていたのでぐっすりとは眠れなかったです
被災地のかたを思うと自分の出来事なんてたいした事はないですよね
まだまだ安心は出来ませんが不安な気持ちはさらなる大きな不安を呼び混乱をまねきます
気持ちを強く持って自分の出来ること、少しでも協力していきたいと思います
こんな時だからこそ思いやる気持ち、譲り合い、人の本来持っているあたたかい気持ちを思い出し助け合ってこの災害を乗り切りたいですね
