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minha vida do Brasil -私のブラジル生活-

JICA日系社会青年ボランティア2018年1次隊
ブラジルでバドミントンを教えてます!

知っているようで全く知らないブラジル…
日本の真裏のブラジルから色々なことを発信して
いけたらいいなと思います。
よろしくお願いします(^0^)

 

 

Boa tarde!

 

こんにちは。

 

 

Tudo bem?

 

 

お元気ですか?

 

 

 

 

 

タイトルを見て、びっくりした方もいらっしゃると思うのですが、今現在世界各国で多大な感染が出ているコロナウイルスの影響により、今週火曜日24日に緊急一時帰国して参りました。

 

 

 

 

12月頃から始まったコロナウイルス。

1月頃に日本にも始まり、2月の頭にあった全国大会では差別の様な言動を受けたりもしました。

 

 

ブラジル人から見れば、日本人も中国人も似たようなものですから中国人だと言われたり、まあひどい差別内容ではなかったですが、あまり良い気持ちはしなかったです。

 

 

 

でも本当に3月の頭頃まではブラジルには全くコロナの影響なんてなくて、日本に帰る七月には治っててほしいな~なんて考えてました。

 

 

ただ、このころから他の国の隊員たちが日本に緊急帰国しているのをインスタで見て、え?もしかしてブラジルも?!なんて考えましたが、まだ全然感染者のいなかったため、いや、それはないだろうな。なんて考えていました。

 

 

 

しかし、イタリア帰りの人がコロナを持ち込んできてすべてが一変しました。

 

ブラジルでコロナが発見されてから、多くのイベントがキャンセル・延期され始め、

3月16日月曜日から多くの学校や施設が閉められ、一気にコロナムードに。

もともと月曜日は活動がなかったので、うわー明日の活動どうなるんだろ、、、なんて考えてたら周りの同期隊員の活動場所もどんどんなくなっていきました。そてし、私も配属先の方と話し合った結果火曜日より活動を禁止に。。。

 

 

 

そして続く、他の国の隊員たちの帰国命令。

 

え、まさか、ブラジルも????

 

なんて同期隊員たちとパニックに。

 

 

そして、17日公ではないけどブラジルも帰国が濃厚だとうわさが。

 

いやだけど、まだ公じゃないし、まだ可能性はある。大丈夫。なんて自分に念じたりして。

パニックで、ドキドキしながらいつ連絡が来るんだろう、いつ帰らなきゃいけないんだろうって思ってました。

 

 

 

夜になっても連絡が来ず、あー明日来るのかな?なんて思ってたら明け方目覚め、JICAボランティア一時帰国の記事を。

 

 

 

え、まさか、サイトで先に知るとは.....笑

 

 

 

頭が真っ白。

 

 

 

 

ただJICAブラジル事務所から全く連絡が来ない。え。なんで?帰るの?

 

 

 

 

 

そして、18日水曜日夜八時ごろ正式にブラジル隊員も一時帰国との通知を受ける。

 

 

そしてまさかの、飛行機の便は早くて土曜日、金曜日にサンパウロのホテルに泊まってもらうことになるかもしれないと言われました。

 

 

 

 

え?そんな?あと二日後?

 

 

 

とりあえず、夕ご飯を食べながら泣き泣き。

同期と話ながら泣き泣き。

友達・家族に電話しながら泣き泣き。

 

 

 

19日お昼頃さあ荷造りしようとしたところ、また電話が。

 

 

飛行機がキャンセルになって次は早くて水曜日以降になると。

 

 

 

あ~まだブラジルに少しでもいてもいいんだ!!!ってすごい嬉しかった。

 

荷物はまだいいやーなんてのんびりモードに。

 

 

 

 

そして次の日、ブラジル内でも飛行機の便を減らす、南米大陸でも国境封鎖が始まりだし、なんだか雲行きが怪しく。。。そして、お昼頃また電話が来る。飛行機が変更になって日曜(月曜)の夜になると。

 

 

 

またどん底に落ちる。

また泣く泣く。

 

 

 

刻一刻と変わるこの状況と、ブラジルの対策との瀬戸際できっとJICAの人も大変だったはず。

沢山の派遣隊員がいるブラジル。経由地によっては、もう日本には飛ばないところも。そんな中で全員分のチケットをとり、色々と手配して頂いたのは本当にありがたいことでした。

 

 

ただ、本当に今思い返してもあの時はすごい悲しかったし、え?って頭が真っ白でした。

 

 

 

とりあえず、家に帰って荷物を大急ぎで詰めまくり、掃除して、あげるもの捨てるもの急いで分けました。

 

 

 

 

 

サンパウロ周辺の地域はショッピングも閉め、お店もほとんど閉められ、もちろんお土産なんて帰る時間もなく、スーパーでブラジルっぽいお菓子をちょいちょいっと買い、荷物を詰め始めました。

 

 

 

任期は7月までと、あと4か月で終盤だったこともあり、1日1日あと少しだなー、次の大会が最後だなーなんて考えていた今日この頃。

 

 

まさか、いきなり帰ることになるだなんて思ってもいませんでした。

 

 

 

2年間日本に帰らず頑張る。これが目標だったので、この様なことになって仕方ないとは思いますが、正直言って悔しかった。

 

 

ただ今回は別に誰が悪いとかじゃなくて、誰のせいでもなくて、だからこの悔しい気持ちや悲しい気持ちをどこに置けばいいのか分からず、ただただ泣くことしかできませんでした。

 

 

 

そして、金曜日の夜活動先のイタペチにて子供たちとピザを食べようとのことで行ってみると、まさかサプライズでいろんな人が!

 

 

最後に会えるなんて思ってもなかったのでとてもうれしかったです。

子供たちと最後にバドミントンして、写真撮ってピザ食べて、いっぱい思い出話して。。。

 

手紙や思い出のユニフォームをもらいました。

 

 

 

健康面を考えて全員にあうことはできませんでしたが、とてもうれしかったです。

 

 

 

ただ、お世話になった方たち全員に直接挨拶をすることができなかったこと、ありがとうもさよならも言えなかったことがとても悲しかったです。

 

 

 

 

次の日、土曜日ひたすら荷物の整理をしました。

 

 

そして、日曜日。

 

 

多くの荷物を配属先の方にみんなでわけて使ってほしいと渡し(車のうしろのスペースすべて埋まった笑)、鍵を渡し、お別れを。

 

 

 

家族のようにお世話になり、いや、もはや家族だと思っているのでとても悲しいお別れ。

 

だけど、どうしても現実とは思えず、また会える気がしなかった。。。

 

 

 

そして、空港へ。

 

 

 

 

そして大好きなブラジルを経ちました。

 

 

 

 

 

火曜日の夜に日本につき、無事に家に着きましたが、全然帰ってきたくなかったので正直複雑です。

 

 

 

 

ただ、家っていいですね、お風呂って最高ですね。

 

 

 

とにかく今は、2週間自宅待機中なので、時差ボケを直しながらゆっくり過ごしています。

 

 

 

 

今後の予定については全く決まっていない状態で、一応名目上一時帰国ですがこの状態では再赴任は難しいと言われています。

 

 

JICA側も、前代未聞の事態でバタバタ、パニック状態ですので、どうなるのかは本当に分かりません。

 

 

 

とりあえず、今は一刻も早くこのコロナウイルスがよくなってくれることを祈るばかりです。

 

 

テレビを見ているとコロナコロナばかりで、気が滅入ってしまいますが、皆さんも本当に気をつけてうつさない、うつされないようにしましょう。

 

 

 

 

他人事ととは思わないで、頑張って切り抜けましょう。

 

 

 

 

私はブラジルに戻ることもまだあきらめていません。

 

いつかみんなに会いに行くことができるまで、あきらめません!

 

 

 

それでは、長くなりましたがこの思いをここに書き残させて頂きます。

 

 

 

 

 

また次の記事からは、活動記録の続きを書きますので宜しくお願いします。

 

 

 

 

では。