デースの肘は今のところ大丈夫な様子。
大事にケアする癖をつけていきましょう。
ビースについてTKコーチ等とも話したが、
う~ん、、
ぶっちゃけ
ここ最近で急激に落ちた。
M中に来ている人や、シースからも同じ声が囁かれる・・。
原因が疲れなら一過性のものだが、そうではない。
昨日、今日と、実際に実戦的なメニュー(昨日はゲーム、今日はレシーブ練習のサーブ出しだったが)を私が直接相手してみた。
正直ショックだった。
しかし、ここから水曜日までに、これまでどおりの感覚を思い出せば木曜日の大会は行けるだろう。
<指導ってのは難しい。>
始めの頃は
「こうやって、こうやって教えれば」
「こういうメニューをやらせれば」
と、夢は膨らむばかりだろう。
でも
一人一人にはそれまで歩んできた道のりというものがある。
そこを理解しないで発信すると上手くは行かない。
何故この子は、こういう打法なのか?
何故この子はそういうスタイルの卓球なのか?
何故この子は、大人しいのか?(まだ本性は分からんよ)
何故この子は集中できないのか?(まだホントのところはわからんよ)
言い出したらキリがないが・・。
もっと分かりやすく例えると、
「上手な選手のマネをしなさい」と軽はずみに生徒に伝えちゃったとしよう。
松井選手やダルビッシュ投手が、利き腕と逆の方で、松井選手は打撃、ダルビッシュ投手は投げる練習をする(実話ですが)。
というのを生徒が新聞ニュースなどで知ったとする。
それを「自分もやってみよう」と思って、真面目な気持ちでやりだしたとする。
そこに、何も経緯を知らずにズカズカと入ってきて、
頭ごなしに「お前ふざけてんのか?」みたいなふうに言ったら、子供は迷ってしまうだろう。
うちの生徒達も、順を追って覚えて行っている技術がある。
だから殆どの技術は上達過程の渦中の状態だ。
マリン選手や水谷選手のような、誰もが認めるようなものではない。
悪い箇所に視点を置き、ダメ出ししだしたら・・・・、ぶっちゃけ
「全部ダメ!」ってことになってしまうし、これは誰もができる簡単な作業・・。
プロ野球見ながら「荒木のスイングはぶれてるよ!」って、テレビ見ながら言ってるお父さんと一緒。
この私ですら、某有名どころのクラブ選手のダメ出しを無責任に語らせてもらうとするなら、
いくらだって出せるからね・・。出さないが。
マウンテンバイクで宙返りする高校生がいたとしよう。
でも実はこの高校生・・。なんと半年前までは自転車にすら乗ったことが無かっただという事実が潜んでいたとする。
だとすると、そのことを実際に見てきている者と、
全く知らない者とでの感想は別物となってしまうのだ。
小学校低学年の頃からとか、
毎日毎日、つきっきりで、マンツーマンで、
こういう環境の場合は別だろう。
しかし、現実として、99.9%の卓球人はそういう環境の下で練習はしていない。
私は、他のクラブで習ってきてワケあって仲間として入ってきた子に、直ぐにダメ出しをする事はしない。
礼儀的なことはうるさく言うが、技術的なことについてダメ出しをしない。
良いところを集める。良いところを軸にする考え方・・。これは結果論で論じても「当たっている話」だからだ。
ろくに観察もしないで、たかだか1回2回見ただけで受ける感想というものは、断片的且つ短絡的なものにすぎない。
「1回見ただけで分かる」というのは、何が分かるかというと、その子の今のレベルと、長所と短所の概要ぐらいなものだ。しかし、それとて妖しい感想にすぎないだろう。
私も今よりも半分ぐらいの年齢の男だったら、上に書いたような発想は微塵も無いまま指導をして、
どんどんおかしな方向に行っちゃってた可能性がある。
私が心から認められる、信じることができる指導者とは、上に記した事を理解できている経験者のことである。それ以外は「現状ではガセ」って場合が多いのだ。
ああ、言っておくが、
自称指導者だるものの99%以上は素人で、オリンピック級のアスリートを育てた経験のある指導者なんて極めて希にしかいない。
この私もその中の99%の中の一人である。
でも、1%以下の希少価値のある先生の生徒の数は通常、圧倒的に多い。
教わるだけでも競争率が高いわけだ。
現実に話を戻すと、
世の99.99%の卓球人は、素人から教わっているのだがが、不思議な事に、その中からも優劣が明らかに生まれてくる。
幸いな事に、私のところにやってきてくれる生徒達の数は減らない。
あろうことか増え続けている。
こんなに怖いおっちゃんなのにだ(笑)・・。
トリオ達をはじめ、こういう先輩達が、あまりにもしっかりした子達で、
この子達のおかげってのはある。
私にしてみれば、自分の命より遥かに尊い子達である。
だからよーく見てきたし、一緒に悩んできたし、楽しんできた。
今の小学生達も本当に可愛くてしょうがない。
最終的に「よかった」って心から思ってくれたら、
私はある意味では「勝った」っと思うことにしている。