<卒業/尾崎豊>
最近ではレミオロメンさんの3月9日という曲が大人気で、
私もラジオで流れてくると口ずさむ。
卒業シーズンにぴったりのいい曲である(^^)。
我々アラフォー世代の卒業ソングの一つに、尾崎豊の卒業がある。
いまだにこの曲は歌いつがれ、いまだに賛否が飛びかったりする・・。
ただ、よく知らない人に説明しておくと・・。
尾崎豊という人間は、真面目で正義感の強い少年だったという事・・。
そして、歌詞の全てが完全なる実話ではなく、
彼はアーチストとして
「音と言葉」を用いて、その時代に感じた「当時の彼にとっての、渾身の作品、物語ともいうべきか」を造り上げたという事だろう。
彼のライブで一緒に拳振りかざしていたファンって、本当はかなり少数派だった。
実は当時、リアルな尾崎豊世代のファン達の多くが、
「尾崎豊の曲に共感した」って事を自分だけの秘密にしていたのだ。
何故なら・・
西城秀樹さんがテレビでやった「ライターに火をつける(^^)パフォーマンス」で、
こんなんで抗議の電話が殺到し、秀樹さんが次の週に同番組内で「謝る」という・・。
そんな時代から僅か数年後・・、
尾崎豊の「こんなぶっちゃけちゃった歌詞」が、何の前触れもなく世間に登場しちゃったのである。
しかし、
実はこの、あまりにもストレートで・・音符に当てはめたようには決して思えない歌詞。
これが、あまりにも当時の少年達の心を代弁していた。
「(そうだ!。これ・・これだよ!)」
物資豊かな時代、大事に育ててもらっているはずで、最高の教育を受けているはずの自分達・・。
そのハズなのに、何か違和感がある・・何かが違う・・。なんで?・・
モヤモヤした気持ちがあるのに、その原因が自分でも纏まらず、外に向かって伝えられない。
そんなこんなの時だった・・・、
この曲がバーン!と、いきなり耳に飛び込んできたのだ。
「(自分の内に閉じ込めた本心って、こういう事だったんだ・・。)」
それは、当時の少年にしてみれば、あまりにもリアルすぎていて・・、
「尾崎豊の曲が好き・・」なんていうと、
本当に「自分の隠している内面」を、他人に見られてしまう気がして、
それはとても恥ずかしい事だった・・。
だから、事実この曲はひっそりと浸透していった。
<ある少年の・・・/昭和>
(実話かどうかは定かではない。※ちなみにこの物語の当時、尾崎豊はまだデビューしていなかった。)
学校生活・・
本当に疲れていた・・・
彼は毎日毎日必死に勉強していた。
「(レベルの高い高校に入って、レベルの高い大学に・・)」
初めて本格的な競走の渦に巻き込まれていた。
人には表と裏がある。
一番苦しいのは、
紛れもなく自分自身とて同じだということ・・
表向きの友情、愛情、本当に深い友情、愛情・・。
見分けがつかなくなっていた。
ある日、数学のテストでトップをとった。
あまり自分のことを見ていない先生に、とりあえず褒められて、
一部の友人に尊敬視され、大半の友人は、気を使って尊敬の振りをしてくれた。
不思議だった
心の底から喜ぶ自分・・、いや・・微塵もそれが生まれない・・。
多分、窮屈になっていたのだろう。
いや・・弱かったのかもしれない。
深く考え込んでしまったのもあるだろう。
子共じゃあ到底解決に繋がらない・・、
その類のスパイラルにはまってしまったのかもしれない・・
「(何かがおかしい)」
「(答えはあるはず)」
気づかれぬよう、人と会うときは微笑んで暮らし・・
授業中や家ではそんな事のパズルを釈こうとしていた・・。
「(こっちがはまれば、こっちが違う・・。)」
「(この一個のパーツを入れないといけない、しかしそれはここまで築きあげたもの一切を、リセットしないといけない・・)」
そうこうしている間に、日々は淡々と流れていく。
テストの日がやってきた。
答案用紙が配られて・・
「あ!消しゴムがない!忘れた!」
競走のスタート時に、靴見て「あ!紐結んでない!」っていう事だ。
劣等生の看板を背負い、それでも学校に来ていた親友の一人が真っ先に
「俺、どうせ解んないから、これ使え。何故か今日、消しゴム持ってきてた、よかった(笑)。」
素直に嬉しかった。有難かった。
「スマン。ちぎって半分でいいよ。」
何か悪いことが起こると、必ずこいつが標的にされた。
こいつは「どうせ俺なんか高校行かね~から(笑)」
平気で被ってたりもした。
ある日、
ある一人の優等生とやらが、先生に呼び出されていた。
その先生は、答案用紙を見ながら・・結構な声でこう言った。
「あなたは、あの子(ここに登場する「劣等生」を指している)と同じレベルの人間になって行きますよ!。いいんですか?!」
ずっと小さい頃から、
「先生の言う事は正しい。」
「ちゃんと先生の話を聞きなさい。」
みんなそう教育され、それは当たり前の常識だった。
とにかく
「ある少年」は、この日を境に「テスト」とか「先生」とやらに、強い疑いを持つようになった。
「(何が?誰が?ホンモノで正しいか?・・。)」
「(いや違う・・。そもそも本物って?正しいって?・・何だ?・・・)」
少年はやがて、いろいろな事を見つめ、経験しながらやがて大人になった。
揉まれて叩かれて・・丸くもなっていった。
いつまでも
「間違っていない!」だけ?・・。
そんなはずはないわけで・・。
(大人になって、そこから思い起こすわけだから・・)
そもそも勉強自体には罪はなくて
そして、
当時・・弱さゆえ、
必死に探した逃げ道の構築であったと・・。
そんな一面も含まれていた事も、受け入れざるえなくなる。
「(テメーも甘メ~ぞ!)」ってな具合だ。
(大人になって、そこから思い起こすわけだから・・)
<勉強は大事だよ>
尾崎豊本人が、自分より若い世代に特によく言っていた・・。
「学校に行って勉強するんだよ」と・・。
「いい人間になりなさい。」
「しっかり勉強しておきなさい。」
今更言うまでもなく、
この世論は昔も今も、全く変わらない。
結果から辿って・・
大方、間違ってはいないって事は確かだからだろう。
けれど、この本当の意味を、子供に理解させる事って、やっぱり昔と変わらず
難しいんだろうね・・。
私等大人自身いまだに
「よう分からんが、とにかく勉強はやっておけ!」っていう具合でね。