PSYCHO-PASSは正義を語っているわけではない | キックあにめ

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あにめの感想とかを言います

こんばんは。まおゆうが総集編臭かったので1日飛ばしでOK。

■正義の話をしたいか?
正義の話をしたいなら、マイケル・サンデルをどこかの大学に呼んで来てNHKにカメラ回してもらえばいい訳だけど、実際のところそれじゃあ正義の話はおろかハーバード大学に対して悪行をおこなっているんじゃ……という悲しいニュースになりかねないからやめたほうがいい。
さて、勧善懲悪ストーリーにおいて安易に振りかざされる「正義」の2文字に対して反旗を翻し続ける人間にとって、最も忌むべきは、安易なストーリー展開が分かり易く受け入れ易い物語として好評を博すことであって、その実「正義」と「悪」の表裏一体な関係性に言及せず作品世界にリアリティを持ち込まなかったことに対してはもはやなす術も無いといった面持ちなのである。それというのも情報社会の現代では当然な話で、我々は既に現実世界において正義に真実を目の当たりにしてきているからである。だからアニメ世界にあえて我々社会の倫理感や道徳観を持ち込もうが持ち込むまいが、ましてそれが一側面からの偏屈的な見方であったとしても、それはその作品の手法という観点でもって片付けられるべきものなのかもしれない。知らんけど。とりあえずよつばと!買ってくるわ。


■PSYCHO-PASS
○20話あらすじ
オールウェイズモリーに手玉に取られる脳味噌たち。このアニメの肝であったはずのシビュラシステムの凋落がありありと見せ付けられることで、話の核心は自然とコウガミ氏と槙島くんのガチホモモードへと移っていく。「京アニの次回作なんて待つまでも無いわ!」とは朱ちゃんの言である。

「ちょっと待てよ?」と多くの視聴者達が首をひねったところであるが、最早シビュラシステムの存在がこのアニメから消え去ろうとも今後の展開に寸分の微修正すら必要とされないかもしれない事態に狼狽を隠せない。ガチホモ対決はシビュラの目の範囲外に行ってしまうし、PKディックも死後に発表されるとはビックリであったろう(『シビュラの目』)。サイマティックスキャンの有効性が否定された以上、シビュラシステムを(裏)社会を牛耳るヤクザと入れ替えてもほとんど違和感なしである。

サイマティックスキャン→街をうろつくヤクザが絡んでくる
「どこ見とんじゃい、オンドリャー。犯罪しようとか考えとんちゃうか?!ちょっと来いやぁ。」

そして物語の流れは「人殺しちゃだめでしょー」と「法で裁けないなら私刑だ」の対決構造という我々お馴染みの展開になるのであった。おいぃ、脳味噌の威厳っ!!