こんばんは。最近寒すぎませんかこれ。確か一番寒いのは1月下旬くらいだからまだまだ寒くなるんですよね。殺す気か?
■フィクションに生きる
「俺はフィクションに生きているのではないだろうか」とは子供の頃から悩み続けている問題の一つです。これとよく似た「俺はフィクションの中で生きているのではないだろうか」という問題も子供の頃からの命題ですが、こっちのSFチックなマジ命題は今回は置いておいて、前者が示すリアルからはみ出ちゃった人々の話をしましょう。
「現実と混同するな」とはよく聞かれる言葉ですね。フィクションに生きるとはフィクションと現実を混同してしまうことを指しているのかもしれません。かもしれない、と曖昧な言い方なのは別に本人は混同している気はさらさらないから。俺達は過激な表現のフィクションに感化されて反社会的な行動に移ろうなんていう気はさらさらないんです。ただ俺は頑張って真剣にやってみればカメハメ波くらい出てもいいんじゃないでしょうかと思っただけなんです。チクショー。
手塚先生はフィクションは現実の風刺でなければならないとかなんとかおっしゃってたと思うんですが、それを都合よく解釈するとフィクションは現実を映すものだということですよね。そういう意味で、真面目な話私は小説に人生観とかいうものを求めてました。今も求めてる。それはきっと漫画やアニメにも言えることで、いかに滑稽なフィクション世界であろうともそこにはそれなりに現実とリンクした世界が存在しており、俺達は物語をただの空想としてではなく、ある意味で現実の一部として経験しているのではないでしょうか。
そう考えると、詰まらない日常よりもフィクション世界のほうに住んでみたいと考え始めるのは当然の帰結。外の世界を夢見るお姫様かっつーの。でも待って、事実は小説よりも奇なりとは昔の人の言葉。ふ~ん、現実はフィクションより面白いみたいだから俺頑張ってみるよ母さん!ま、アニメみるのは止めないけどな!
■ソードアート・オンライン
○小鳥遊さんとこのお兄ちゃんの自爆の意味23話あらすじ
緑色の宗太君のかませっぷりときたら彼の声が福山潤でないと発覚したときと同レベルの口あんぐりタイムだったわけですが、エルフさんとケットシーさんの軍団くるのもう少し待ってあげてよかったと俺は思うな。空気読めって話ですよ。あと、必死こいてるキリトくんの眼が怖すぎて「ちょっとちょっと!キミ、からくりサーカスあたりに出てませんでした?それか遊戯王。」と聞きたくなる程。迫力だそうってのはいいんだけどどう見ても目的のためには手段を選ばない系の人まるだしじゃないですか。うん、確かにキリトくんだけど。
大事なのは人とのつながりだぜ☆と抜かしたキリトくんの宗太君見殺し事件に関しては言葉もでないわけだけど、実際あれは宗太君の独断だからキリトくん関係ないのかもな。てか絶対名前宗太君じゃないんだけど。
フィクションがただの空想なのかそれとも現実を映すモノなのか、という点においてキリトくんにとってはオンラインゲームは現実そのものだったようですね。現実世界で圧倒的ニートを誇っているキリトくんだけどゲーム内で名声を勝ち得ているんだから、そう考えるのは健康的なことかもしれませんね。私はSAOは空想でしかないと思ってきたのですが、この観点で見ればオンラインゲームにのめり込みゲーム廃人となっている人がいる社会を風刺していると見れなくもないんでしょうか。それ今更やることか?