かすみたつ ながき春日(はるひ)を 子供らと 手まりつきつつ 今日もくらしつ

 

江戸後期に生きた僧、良寛さまの短歌だ。中学受験の問題の題材にも使われているという。

子供らとともに、手まりをつく春の日の情景が、

今、目の前に展開されているような思いがする。

 

冬ごもり春さりくれば飯(いい)乞ふと 草の庵(いおり)を立ちいで 里にゆけば 玉鉾(たまほこ)の 道のちまたに子どもらが 今を春べと手毬つく ひふみよいむな汝(な)がつけば我(あ)は歌ひ 我がつけば汝は歌ひ つきてうたいて霞立つ長き春日(はるひ)をくらしつるかも

 

先の短歌(かえしうた)のもととなる歌だ。

長い冬が終わって、待ちかねた春がきた。されどまず必要なのは飯(食い物)であり、いそいそと托鉢に出かけると、雪解け水の名残りも浅い道々に、子供らが手まりをついて遊んでいる。それに出合って良寛さまは、托鉢(たくはつ)も忘れて子らと戯れている。そんな姿が目に浮かぶ。

 

 

 良寛さまの歌には手まりの歌が多い。手まりをついて遊んでいるのは、女の子たちだ。

良寛さまは女の子たちが遊んでいるのに出合うと、さそわれては、何をしていたとしても拒むことができず、ともに遊んだ。

そこには、この時代の厳しい背景を知らねば見えてこない、良寛さまの深い悲しみが存在する。

江戸後期、天変地異がたびたび起こり、人びとは困窮した。

日照り(干ばつ)、冷害、河川の氾濫、そして大地震。くり返し巻き起こる災害が田畑(でんぱた)を襲い、百姓たちの暮らしを崩壊させてゆく。

災害が起こった当初は、お救い米や年貢減免(ねんぐげんめん)などの措置も取られた。しかし、やがて真綿を締め付けるように、地獄の苦しみがひろがってゆく。

田畑がつぶれても、ものなりが悪くても、良いところ減免であり、個別の課税でないこの時代は、村や集落に連帯して年貢をかけられている。だから長者(名主や庄屋)は不足が出れば、これを立て替えて領主代官に納める。米穀で納めきれなければ不足分を金銭で納めねばならない。そうして個別の百姓たちは長者に負債を負うことになる。返せなければ逃散(ちょうさん)農家がでる。逃散農家が出ても連帯される年貢は減免されない。残された者が逃散した者たちの分も負担せねばならない。残った者たちが返済できぬところに至ってしまえば、長者は商人に債権を売ることになっただろう。

ここに人身売買が成立する見本が発生するのだ。借金のかたに売られるということだ。

売られてゆくのは、ほとんどが 娘たちだった。

 

良寛さまは、旅の途中で、そのような苦境に落ちた娘たちが、ばたばたと病に飢えに、ぼろぼろになって死んでゆく姿を、いやというほど見つづけてきている。

あるときは、遠い地で、わが故郷の、知った娘の墓標(ぼひょう)を見つけたこともあったかもしれない。

旅先で、出合った遊女たちと、良寛さまは、ひとときを過ごすことがあったという。もちろん客としてではない。昼下がりの道端で、遊女と良寛さまは手まりをついた。子供時代のまぼろしを、なつかしいふるさとの風の香りを、彼女たちは良寛さまのなかに、哀しく、はるかに、感じたかもしれない。

暗闇に射す一筋の光明(こうみょう)のような、そんなひとときを過ごした娘たちが、現代のわたしたちが何気なく通り過ぎる古い街道筋に、確かに存在したのだ。

そして、また地獄の生活が、天が彼女を召してくれるまでつづいてゆく。

それでも、良寛さまには、ほかに歩むことのできる道はなかったろう。

子供らと、遊び、歌い、それを詠む道。それが良寛さまの道だったと思う。

救ってやれぬ子供らと、せめて、つねに、ともにありたいと願う、良寛さまの道。

 

百姓の家に生まれて、嫁ぐことができる娘はまれであり、輝く娘時代を謳歌(おうか)することなど夢のまた夢であったに違いない。今でいう普通の、ごくありふれた娘時代を迎えることすらが厳しい時代であったのだ。このような農民の困窮した暮らしの現実は、武家社会にも、じわりじわりと浸透してゆく。

やがて、この後の時代に起こる、幕末の風雲というものは、単に泰平の眠りを異国人に覚まされただけで沸きあがってくるものではない。

困窮に困窮を重ねた、民の暮らしこそは、導火線に引火させる発火物であったろう。

良寛さまが憂えた、時代の澱(おり)ものが、民の心の許容を超えたときに、それはつながり、重なってくるのだと思う。そのことがつまり、引火するもとの、民たちのさけびの「油」であったはずだ。

教科書や歴史書には出てこない、討幕・維新の真のエネルギーとは、民の暮らしのなかから群がり沸き起こったものなのだとわたしは思う。

 

そのような時代背景を思い、良寛さまの歌を詠むとき、計り知れない、底の見えぬ悲しみが、わたしたちをつつむ。

その歌には、春の訪れを、無心によろこぶ、ほのぼのとした情景など消し飛んでしまう、心のさけびが秘められている。

それでも、だからこそ、子供らと、やっと訪れたこの春を、今このときを、ともによろこばねばならぬ、感じねばならぬ。そんな良寛さまの決意の声が聞こえる。

そのことでしか、良寛さまは、子供らに応える術(すべ)を持たぬという、仏不在の無常観(むじょうかん)にさいなまれ続けていたに違いない。

wordspring 2015
良寛和尚像  安田靫彦画