ゴジラ -1.0 | 何して遊ぼ⁉

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いい年こいて遊ぶ事しか考えていない親父のブログです。

公開直ぐに観に行っていたのですが、アップした気になっておりました。

設定などは初代ゴジラのまま、時代背景のみ15年程手前になっている。

初期のゴジラと違い咋に怪しい科学者…マッドサイエンティストは出てこない。

それっぽい役は野田(吉岡秀隆)がやっていますかね。

終戦間際、特攻で出撃するもメカトラブルと称して敷島(神木隆之介)は大戸島(守備隊基地)へやってくる。

そこで謎の巨大生物が上陸し守備隊基地と飛行機のドッグを破壊、村の人々はこの生物を伝説の海神「呉爾羅(ゴジラ)」と呼んでいた。

ゴジラは南太平洋をテリトリーとしている巨大生物であったが、ビキニ諸島などでの水爆実験に寄り、巨大化及び生態変化により口から放射熱線を吐く様になる。

戦後の焦土と化し復旧の始まった日本にゴジラは現れる。

東京タワーは建設される前なので、あのラジオの実況中継は銀座のビルの上から行われる。

「これこそ報道の鏡!」という姿はちゃんと引き継がれている。

戦後、焦土に残された人々の気持ちや暮らしが其処此処に見受けられる。

特に敷島の迎えに住む太田澄子(安藤サクラ)の「敷島が無事で帰って来た気持ち」と「自分の子供が被災して亡くなった」気持ちのせめぎ合いの様な演技が胸を打つ。

そして、多くの男たちが「帰って来れなかった仲間たち」と「帰って来た自分」の罪悪感とも言えないモノを抱え、それでも今を大切に生きている。

私が一番目に焼き付いたシーンは大石典子(浜辺美波)が吹っ飛ばされるシーンですかね。

こういう呆気ないシーンが「絵空事の様な現実」という突きつけられた感じで胸に残ります。

コレは私の人生における幾つかのトラウマなどによるモノなのでしょうが…

この映画は只のパニック映画や怪獣映画ではない。

未だ終わりではない、生きていれば何かが出来る。

生きられなかった者達の全てのお思いを乗せて生き抜く。

非常に力強い物語です。

次回作を作る場合はよく吟味してお願いいたします。