
丁度木陰になる場所でラッキー!

昭和15年に知人の子息が遭難されたのを悼み、故人を慰めるために同年この像を製作し現在地に建立された。
昭和60年の大雪の際に倒壊した為、作者の同意を得てブロンズにて復元建立された。

前記したが、この山は世界で一番遭難死者が多い山でギネス認定されている。
エベレストなど標高8000mを越える14座の合計数よりもこの山の死者数の方が多いと言うから驚異的だ。
理由は森林限界が1500m位から始まる事からも判る通り気象条件が厳しい事(それ故に素晴らしい景色が見れる)、初心者から最上級者までが楽しめるコースが充実している事、都心からのアクセスの良さ等。
昭和30年代の登山ブームには多くの死者が出たらしいが、その殆どが「無謀な登山」の結果らしい。

「山の中で漁協?」とも思ったのだが見るとアユを放流している所らしい。
バケツを覗かせてもらったらアユだらけ…こんなになると有り難くない(笑)
タンクからバケツでアユを掬ってビニールのホースが付いたバケツに開けるとホースを伝って傷付かずに川に放流されるという仕組み、初めて見た。

これから自分たちのテリトリー等を決めて行くのだろうな。

すぐそこはロープウェイの駅…因みにこの駅名は土合口駅と言うらしい。
此処から先はR291、清水峠とか清水越と昔から呼ばれている上州と越後を繋ぐ道である。
何時ぐらいに開かれた道かは不明だが、上杉謙信が1560年に関東進出を図った際に清水峠を使ったという記述が残っている。
江戸時代に湯檜曽村と清水村に口留番所が設けられ上越間の旅人と商荷物の運搬は三国峠だけになり、明治に入り関所制度は無くなりますが鉄道などの普及により廃れてしまいます。
清水峠が廃れた理由は他にもあり、道の崩落や土砂崩れなどが多かった事もあったようです。