原爆ドームからの中継です。
この日一日も朝から取材で、
そしてこの時も暑かったのでしょうね
顔もうっすら汗ばんで見えます。
出席されたのですね。
今も当時の記憶が遺されてる場所へ
未だ遺骨の見つかる島への取材です。
埋もれた記憶を探し続けている方と
ご一緒に取材を進めます。
こちらは
臨時の野戦病院があった島なのですね
当時の島の様子を伺います。
遺体は軍が病死した馬などを処理する焼却炉で火葬したそうで
「ちょっとこう
生々しさも感じますね」
数が増えづつけると
火葬では対応しきれず
大きな穴を掘り
折り重ねるようにして
土に埋めたといいます,
似島では少なくとも
2000体以上の遺骨が見つかっています。
その遺骨が見つかった場所では
当時遺体が埋められていたとされる
場所を発掘し、被爆者のものと思われる遺骨が見つかったそうです。
櫻井キャスター、言葉がありません。
是非掘り出して差し上げたいと
必死に活動されいる
広島大学の原爆瓦発送之会の方から
お話を聞く櫻井キャスター
櫻井キャスターはその大変さも
伝えています。
また原爆ドームの一部をもひきあげも
また原爆ドームの一部をもひきあげも
されているとのこと
戦後73年今もなお発見される
原爆が残した爪痕は
私達にあの戦争を忘れてはならないと
時を超えて訴えかけているように
感じました
櫻井キャスターの思いを感じます。
そしてまた西日本豪雨の取材も
そしてまた西日本豪雨の取材も
式典当日、行ったのですね。
それからわずか1時間で水が床上まで来たそうで
食料と水を懐中電灯や子供服を持って二階に逃げられたとこのと
もちろんですが、
アイドルとして人として
みんなが力をもらえる
あなたにしか出来ないことを
したのですね
きっと
櫻井翔に話を聞いてもらって
そのT shirtにサインをもらって
きっと素敵な言葉ももらって
少しでもその話で
このご家族のその夜に
笑顔があったら‥
きっとあったでしょうから
あなたが出向いた意味があったと
思いたい。
ご高齢であるこる事であったりとか
夜間である事であったりとかとか
避難が難しい場合というのも
ありますけれども
命を守るためには
どう行動すれば良いのか普段から
考えておく事が大事だ
というふうに思いました。
西日本豪雨から一か月
お話を伺ったご家族は
今もなお夜はぐっすり眠れず
2時間おきに目が覚めてしまうと
話されるなど、
不安な日々はまだまだ続いています。
そして原爆投下から73年目を迎えた
8月6日
広島の過去そして今を
これからも伝え続けたいと思います。
豪雨という天災
戦争という人災
避けられないとして諦めず、
どうしたら避けることができるのか
常に考えていかなければいけません。
と村尾さんが閉めました。
毎年、毎年、伝える
ただ、ただ誠実に伝える
とても大事な事だから
忘れてはいけない事だから
そこに自分の価値観は押し付けない
いづれにも偏らない中立的な視点で
自分だけが伝えられる事と真摯に向き合う
櫻井キャスター
受け取る私達も
毎年、毎年
大事な事を思い出し、
平和な日常を送っている事に感謝し、
できることは少なくても考える。
そういう日でした。
そして今年は豪雨災害の
取材もありました。
そちらも他人事と考えず
自分にどんな支援ができるか考えて、
せっかく櫻井キャスターが
汗して伝えてくれた事
この台風にも
油断することなく
冷静に判断したいと思います。
本当に
お疲れ様でした。
すっかり黒くなって
とても頼もしく見えました。
そして
デコもいいってあんなに言ったけど‥
やっぱりデコより見慣れて
カッコイイよ(๑˃̵ᴗ˂̵)
ただ
皆さんも心配されてますが
この戦争の取材
また被災地の取材
感受性と共感力が強い
軽くエンパスのようだと思う
翔くんに
重くないのかなぁと‥
鈍感な私でも
原爆資料館に行かせて
いただいた時など
かなり衝撃受けますし、
それがかなり定期的で
何かこう‥追い詰められたり
してないかなぁと
首も掻きむしってるし‥
余計な心配しております。
仕方ないですね
翔担だから❤️
甲子園も心配でしょうが
早く自宅でゆっくりしてね
もしくはお友達と呑んで流してね
みー



















