正論で相手を追い込んだとき
リベートに勝ったような錯覚に陥る
でも必ず自身にも火の粉が飛ぶ
自分の意見をゴリ押しできたとしても
それは未来に負の財産を残すのだ
小学生のとき
作文を提出した友達は先生に直しを入れられた
「おねちゃん」ではなく
「おねえちゃん」だと直されたのだ
これは話し言葉を引用した部分だった
友達は自身の姉を「おねちゃん」と確かに呼んでいた
だから間違いではないと友達は訴えた
そしてクラスメイトがみな一丸となって訴えた
しかし先生は頑として受け付けなかったのだ
間違いと言われた当事者でもないのに
三十数年を経過した今でも記憶に残っている
今振り返ったとき
非を認めにくい状況に
先生を追い込んでしまったのだと思う
先生が許せなかった私たちは
それからの数日は先生に失礼な態度だったと思う
当時子供だった私が記憶に残っているのだから
恐らく先生はそれ以上に強い記憶になっているだろう
先生は早い段階で非を認めてしまえばよかった
私たち子どもは先生を追い込むべきではなかった
でもそれが人の日常なのかもしれない
勝った負けたは長期的観点で考えなければならない
未来に負の財産を残してしまったと思ったとき
私は自分から相手に話しかけることにしている
相手から話しかけられたとしたら
私は後ろめたさをずっと引きずるからだ
未来に負の財産を残すことは
結局のところ自分に負けたことを意味するのだ