分業のために使用を始めたデヂエが肩肘張らないマネジメントのヒントをくれました。それまでの私は会社のルールを与えられた決まり事という捉え方をしていたのかもしれません。つまり、ルールに従う側だったということです。でも、捉え方が変わりました。ルールは作り方によってマネジメントの大きな武器になるような気がしてきました。
でも、ガチガチにしていくと反発もあるし、そのルールを守らせるために苦労するような気もしていました。でも、分業のために使用を始めたデヂエを使えば、そんなに苦労しないのではないかと思い始めたのです。そのころのデヂエは事務所の基幹システムへと変貌していっていました。ここに全ての業務を突っ込んでしまえばいい。ここを経由しないと仕事が完了できないようにしてしまえばいい。マネジメントするために使うのではなく、部下が自分の仕事のために使い、その結果としてマネジメントする材料が自然に提供される仕組みにしてしまえばいい。そのように考え始めました。
与えられた仕事を極めることができず、営業もできず、マネジメントもできず、俗に言うダメ社員だったからこそ、そんな発想をしたのかもしれません。そう考えてからは、デヂエに様々な業務管理を集約させていきました。今振り返ったとき、それが情報共有化の始まりでした。業務管理を集約させる試みは少しずつ効果を発揮していきました。
こうして、入社した社員がすぐに辞めてしまい、その結果としてお客様に迷惑をかけるという悪循環スパイラルから抜け出すことはできました。しかし、お客様情報が社員の頭の中に残ってしまうという課題はクリアされません。この課題がクリアされない限りは、薄氷の上に立っているような気がしてなりませんでした。いつの日か何らかの事情で綻びが出来たとき、一気に悪循環スパイラルへ逆戻りしてしまうのではないかと恐れていたのです。歴史を繰り返してはいけない。もう二度とあのころに戻ってはいけないと怯えていました。
そこでたどり着いたのは、「お客様カルテ」と題したお客様情報を記入する仕組みです。大きく分別すると、お客様とのコミュニケーション注意点などの情報、お客様の帳簿チェックや決算の進め方における注意点などの情報、お客様と打ち合わせした情報の3つの観点でまとめた書類です。これも、デヂエの中に盛り込みました。号令をかけて一気に全てのお客様のカルテを作り上げました。
最初に言っておきますが、これは失敗に終わりました。今だから懺悔の気持ちを込めて言いますが、本当は作り上げる過程において、失敗するかもしれないと十分に予測できるものでした。でも、強引に作らせました。こういうところが私の良くないところだなと反省はしています。どうして失敗を予測できたのか?簡単な理由です。カルテを書くにあたっての質問があまりに多かったのです。こういうことも書くのか?こういうのはどうするんですか?
明日は諦めの境地からの脱出のお話をさせていただきます。
本日もブログを読んでいただきましてありがとうございました。