NMB48は、結成当初から注目を集め、大いに盛り上がった……とは言い難かった
結成そのものに紆余曲折があった
吉本が音楽業界に参入する計画は昔からあり、きっかけはおニャン子クラブかもしれない
当時夕焼けニャンニャンのレギュラーだった浜村純氏が、おニャン子は関西でこそやるべきだとしきりに話していた
宝塚やOSK(大阪松竹歌劇団)のファンだからだろう
しかし吉本が秋元康氏と組むことはなかった
その頃の秋元は音楽業界で浮いた存在だった
おニャン子のせいで単体アイドルが売れなくなってしまったからだ
吉本がパスした理由の一つだろう
吉本が選んだのは、人気があったもう一つのグループ、東京パフォーマンスドール(TPD)だった
肖って、大阪パフォーマンスドール(OPD)を作ったものの、営業的に成功することはなかった
OPDのプロデューサーは音楽面だけなので、アイドル文化を根付かせるには秋元のような総合Pの力が必要だったのだ
それから小室哲哉を抱えるなど自前での進出を目論んだがうまくいかず月日が流れた
単なる偶然か思わぬところから機会が訪れたのは、大阪府知事になった橋下徹のおかげだった
橋下知事の歳出削減で、演芸資料館のワッハ上方がその対象になった
慌てたのはビルのテナントとして貸していた吉本だ
契約破棄されたら難波の一等地のフロアが空きになり、大赤字となる
それでNMB48シアターを確保できる目処が立ち、話が急に進展したのである
N3セットリストのアンコール曲「不毛の土地を満開に」は一瞬、「風は吹いている」のような原発被災地の歌かと思わせ、その実アイドル不毛の地を歌っている
大晦日には念願の紅白単独出場を果たすが、それは吉本の悲願でもある
これから先も困難が待ち受けているはずだが、どうか花を根付かせてほしい
