我が家は犬を飼っている。


彼は驚くほどワガママで、気分が乗ら無いときは飼い主であろうが唸る、噛むの蛮行にでる。

一方、機嫌のよい日などはボール、人形などの遊び道具を咥え、期待に輝く目をしてこちらに駆けてくる。

ツンデレも甚だしい。



そんな彼ももう15歳。

人間で言えば80近い老齢である。

今年に入ってから衰弱が激しく、心臓を病み腰がまともにあがらない状態だ。

もはや噛み付く気力もないらしく、誰が触っても滅多に噛むことはなくなった。


散歩に出ても数分で力尽き、弱々しく家に帰りたい旨進言する。

玩具を投げてやっても、耳が聴こえないらしくまるで反応できなくなっている。




老いは悲しい。

老いは辛い。

見ているものにとっては。




特に動物は人間に比較して寿命が短いため、こちらは彼らの若い日の雄姿を記憶している。

思い出とのギャップに、私たちは心を痛めるほかできることがない。

私たちに飼われて、彼は幸せだったろうか、などと利己的な想像をしてしまう。




本書は町田康とその家族たちの生活を綴ったエッセイだ。

町田さんの猫たちへの気遣いは、愛情というよりもはや心酔に近い。

しかし動物を飼ったことがある人であれば、誰も町田さんを笑えない。



動物たちは私たちに飼われている。

しか、しいつのまにか飼い主である我々は、動物たちが我々と一緒に暮らしてくれているのだという思いを抱く。

彼らが私たちに与えたくれているものに対して、我々がしてやれていることはどれほど卑小か。



動物たちは生に真摯で、愛情と欲望に純粋だ。

私には絶対にできない直接的なアプローチで、彼らは大切なものに向き合っている。



動物を飼うのは人間のエゴだ。

私なんぞと一緒に生活してくれている彼には本当に感謝感激である。




例え彼がいなくなって私は自分の生活を続けるだろう。

それは罪ではないだろうけども、きっと自分を罵りたくなる時があるだろう。



だから私は、いつも一緒にいてくれる彼をこの先も全力で可愛がり、出来る限り一緒に過ごし、彼の生と死を見届けることを誓おうと思う。


そんなことを、考えさせられた。




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