『ローラ』がアイリスがひらかれて始まり、閉じられて終わるのをみていると、ミッキー・マウスが始めて一般に登場した1928年のウォルト・ディズニーの『蒸気船ウィリー』という短編アニメーションですら同じ手法が採用されていることに気がつく。ジョン・フォードの傑作『周遊する蒸気船』の原題が、"Steamboat 'Round the Bend" であるように、蛇行する川を曲がっていく蒸気船のイメージがここにも確かに存在する。この単純なイメージですら90年近くの時が存在すると、当時といまでは「常識」がまったく異なることが、作品の様々な細部の表現からわかる。それは「噛みタバコ」にピンとこないというレベルだけでなく、プレコード時代の直前のこの時期では、映像と音がシンクロナイズすることは、決して自明なことではなく、そのこと自体が驚きを生産するものであったということである。ディズニーは明らかにそこにすべての表現を賭けている。ミッキーが口笛を吹くシーンのほっぺたの二本の線の開いたり狭まったりする動きや、笑っているときに表れる漫画のような動きを表現する線、口の強調など、細部を見れば見るほどその工夫は楽しい。そして同じ年に作られた『キートンの蒸気船』の明白ともいえる記憶。公開されたのは、『キートンの蒸気船』の方が5月でこの作品よりも半年早いので、ディズニーは『キートンの蒸気船』を下敷きにしたのだろう。