『日本批評大全』には、蓮實重彦の『夏目漱石論』の一部(抄)が掲載されている。例の「横たわる漱石」の部分である。ここのくだりは、蓮實さんを知ってから読んだ作品のもっとも初期のひとつで、くりかえし読んだ部分なので、いまさら強い反応は生まれてこなかった。そこに出てくるオフェリアについては、柄でもないのにランボーの詩まで読んだ。渡部直己さんが蓮實さんについて書いている文章も、それはそうだなと思う程度である。ただ、蓮實さんはこの作品を書くのにカードをたくさん手で書いたといわれていたのをふと思い出した。


僕が蓮實さんに惹かれたのは、『天使のはらわた』に出演していた水原ゆう紀のことを映画のゼミで話したからだと以前に書いたが、それはもちろん、蓮實さんが水原ゆう紀についての新たな価値を創出してみせたということである。会社員であるぼくは、イノベーションとは技術革新ではなく新たな価値創出であるぐらいのことは、もううんざりするほど聞かされているが、それを抽象的にではなく、具体的に教えてくれたのは蓮實さんだから、理科系の僕でも惹かれたのである。渡部さんが書いているように、蓮實重彦によって「批評」は「創造」になったのである。


前回の記事でも書いたが、創造は無から有を産むことではない。持続の中で潜在的なものがやがて顕在化することである。ジル・ドゥルーズがいうように、潜在的なものとは可能的なもののように存在するかしないかわからないものでなく、現実に存在しているものである。潜在的なものとは、いうならば、具体的ではあるものの、普通の人にとっては目にはとまりにくい細部のことである。

蓮實さんはその細部を見逃さず手をかざしてあげて、まるでそれを応援するように、それを顕在化する。そういう意味で、蓮實さんはすぐれた教育者でもある。映画のゼミで、蓮實さんはとにかく画面を見ろといった。作品の中で扉が何回開けられようが閉められようが関係ないと思うかもしれない。なんでそんなことにこだわるのかと言う人もいるだろう。授業を受けていた学生だって、内心、最初はそう思っていたかもしれない。

しかし、そうやって顕在化された複数の細部は、やがて思いもかけなかった関係を結び始め、それがまったく違った目で作品を見ることにつながっていく。その過程が事件、出来事であり「創造」なのだと蓮實さんが教えてくれたのである。凡庸の反対は愚鈍なのであった。なぜ、方法や抽象や要約などにそうやすやすと逃れていってしまうのか、なぜ、もっと愚鈍になって、画面を見続けることができないのか。そうしたら、あなたが心の中で差別し、虐げていたいろいろな細部が少しでも見えてはこないだろうか。見えたら、もう少し辛抱して、それに少し手をかしてやったらどうだろうか。連帯させてあげてみたらどうだろうか。そうしたら、世界は少し変わって見えてこないだろうか。蓮實さんはもう何十年もそれをみずから示し続けているのである。そして、八十歳を過ぎても、「ジョン・フォード論」を「『ボヴァリー夫人』論」とは決して同じにはしないぞと思って書き続けているはずなのである。