以前やった WILL と SHALL の区別は、MAY と CAN についてもまったく同じように適用可能である。考え方は同じなので簡単に説明する。

まず「許可」の意味では、どちらも「~してもよい」をあらわす。両者の区別は簡単で「~してもよい」という理由が CAN の場合は主語の中にあり、MAY の場合は主語の外部にあると考えればよい。

 
May I open the window?





Can I open the window?


は、どちらも「窓を開けてもいいですか」という意味になるが、May I ~? の方は窓を開けるのは、相手の許可によって可能になることを意味している。Can I ~? の方は、自分は窓を開けられるから開けてもいいですよね、という意味になり、明らかに May I ~? の方が丁寧な言い方になる。逆に、

 
You may go.

You can go.

 
の場合、最初の MAY を使った方は、「私」が「あなた」に行っていいと許可を与えることになり、上司が部下に言うような言い方となる。したがって、

You can go.

の方がより丁寧な表現になる。


MAY と CAN は、「許可」以外にも「可能」、つまり「~できる」という意味があるが、これもこの区別でよい。例えば、契約書では「~できる」という意味では、CAN ではなく、MAY が使われるが、これは、契約書が「許す」から契約書の中の当事者、甲とか乙が「できる」という訳だ。つまり、許可の原因は甲や乙の中にあるわけでなく、契約書という外部にある。CAN はもちろん自分の中に能力があるので、できる場合に使う。たとえば、

I can swim.

 
がその典型的な例だ。


さらに、助動詞には推量として発言の内容がどれくらいの確率で起きるかをいう言い方がある。CAN と MAY にもどちらも「~かもしれない」という推量の意味がある。この推量 MAY と CAN は起きる確率が大体半々のことをいうとされるが、使い分けとしては、主観的に言うのであれば、MAY、客観的な理由があって言うのであれば CAN になる。次の例を見てみよう。
 

This illness can be fatal.

This illness may be fatal.


CAN の方は、主語に原因があるのだった。MAY は主語以外に原因がある。この場合、主語以外とは、これを話している医者の主観を意味している。したがって、This illness may be fatal. のほうが、This illness can be fatal.よりも、医者は心の中でより致命的と感じていることを意味している。一方、CAN の方は、例えばいろいろなデータから、この病気には致命的となる客観的事実が内在しており、それが起こりうるということを述べている。医師と言う立場は常に客観的であるべきで、憶測でものを言ってはならないという立場をとれば、ここは、CAN でいうことが適切だと思われる。もう一つ例をあげる。

 
The typhoon can be dangerous.

The typhoon may be dangerous.

 
例えば、台風がさしせまっているときに、CAN を使うと、なにか評論家のような感じをうける。「台風というのは危険なものだ」というような感じだ。つまり、さしせまった感じをうけない。この発言を普通の人が喋っているとすれば、伝えたいのは話し手の主観的ニュアンスだから、MAY  が適当と思われる。

仮定法を使って表現すれば、実現の可能性がさらに低くなる。あえて数字でいえば、can と may が50 %ぐらいの確率だとすれば、could と might は、二割引の30%ぐらいと考えればよい。主観か客観かの区別は仮定法になってもかわらない、


下の例のように、主語に可能性の原因がある助動詞を使ったときには、否定形をとると「その可能性」そのものが否定される。したがって、最初の例は「そんなはずがない」ということになる。ところが、主語の外部に原因がある場合は、外部に存在する可能性は否定されず、その文章の命題だけが 否定される。



It cannot be true. (それが事実であるはずがない)

It may not be true. (それは事実でないかもしれない)



次の許可の例で否定をとると以下のようになる。

 
You cannot go.  (行くことはできない)

You may not go. (行ってはならない)


最初の文は、主語の行く能力が否定されたので、「行けない」になる。次の文は、外部の許可するものの能力自体は否定されていない。したがって、「行かない」ということが許可される。つまり「行ってはならない」という意味になる。