52、陰律は無情、仏様は有情



ネットユーザーが「なぜ陰律は無情なのか?」と聞きました。陰律は因果律とも言えます。これは因果が変わらないこと、宇宙の法則です。無情という意味は因果の必然性を言い、何によっても変わることはありません。原因があれば結果があり、因果は三世(前世、現世、後世)にわたって存在しますので、必ずしも現世で見れるわけではありません。しかし、因果の法則は真実で偽りではなく、身分、地位、富貴、名誉、男女、老若、肌の色などの違いによる特例や差異は存在しません。因果の法則において、すべての生き物が平等であるため、無情とも言えるのです。


因果の法則は変わらないですが、善悪の果報がまだ形成されていない間は縁と呼び、善に遷(うつ)り、過ちを改むことによって転化することができます。仏様は慈悲深くて、常に疲れを知らずにすべての衆生に利益をもたらし、個人の性格に応じて教えを施し、縁に応じて導き、絶えずに法を教え続けています。これにより、衆生は苦しみから離れ、楽を得るための依り所があり、最終的な解脱を得られます。


今の時代において、善行を行う人はいますが、因果を理解せずに悪業を行う勢いはだんだん強まっています。災害、戦争、病気が頻発し、威神力、功徳力、慈悲力、善業力、回向力を集結しても、これは一時的な対策に過ぎません。本質的な問題を解決するには、すべての生き物は因果を理解し、邪を改めて正に戻り、悪を捨てて善に従うべきです。心の持ち方によって、周囲の状況や環境が変わりますので、仏様は常に法を教え続けています。


《陰律無情》という書は、時勢に応じて出てきたものであり、仏菩薩様が衆生のため、適切な仏弟子を選出して地獄の現状を曝け出しました。上官玉華先輩はさらに苦労を惜しまず、重責を担い、心を尽くして多くの人に奉仕しています。その中には因果を理解せずに業を作る者もおり、何度も勧めても聞きませんでした。それでも仏菩薩様は衆生の苦しむ姿を見たくないので、地獄の真実を見せて、真心からの懺悔と改心をさせるつもりです。未だ悪業を造っていない者も知ってもらい、業を造らないようにすることができます。まるで地獄の前に最後の予防線を張るかのように、地獄の門であり、ここであなたが堕ちることを防ごうとしています。仏菩薩様の常に衆生を救護する恩は、いつ語り尽くせるのでしょうか?もし《陰律無情》を見て真心から懺悔し、二度と業を造らず、広く宣伝して人の過ちを助けて改めるのであれば、地獄の門は自ずと閉じられます。しかし、もし信じずに聞かなくて、まだ好き勝手に業を造るのであれば、地獄の門は自ら開かれ、誰も止めることはできません。そして、皆さんが知っておくべきことは、その時、地蔵菩薩様が地獄であなたに会うのは、あなたが菩薩の道を歩んで地獄に来て衆生を救うことを望んでいて、悪業を造って報いを受けるために地獄に堕ちることを見たくないです!


皆さん、大切にしてください!阿弥陀仏!