33、判官は聖母マリアは観音菩薩様の化身であることを教え——観音菩薩様は地獄で苦しむ者を救う。
南山海上観音聖像
中国・海南省
仏様の力に感謝します!白い蓮の花に乗って出発します!
阿弥陀仏!阿玉は判官に合掌します!
「お尋ねしたいのですが、地蔵菩薩様が常に地獄にいますが、地獄で苦しむ衆生を救う聖者が他にいるのでしょうか?」
判官は言いました:「はい、観音菩薩、文殊菩薩、阿弥陀仏、薬師如来などもいます。観音菩薩、文殊菩薩、地蔵菩薩は菩薩様の姿をしていますが、実際に仏様の功徳を具えており、仏様と同じです。まさに『一仏が成就するには、千仏が護る』ということです。」
観音菩薩様は遠いの昔に成仏し、正法明如来と呼ばれています。文殊菩薩様は七仏の母です。仏菩薩様には誰が第一で誰が第二ということはなく、皆平等で、光が互いに照らし合い、響き合っています。仏様は宇宙で最も純粋で高度な智慧と高度な光体の存在です。仏様は大いなる神通力を持ち、何でもでき、何でも知っています。すべての仏様は無縁大慈と同体大悲を持っています。無縁大慈、同体大悲とは、仏様の智慧と情感が常に最高のバランスを保ち、両者が融合し同時に用いられることを意味します。これは悲智双行(慈悲、智慧)として表現される慈愛であり、平等であり、怨親、民族、宗教、さらには短命で弱い動植物に対しても、すべて平等に慈悲を施し救済します。これが仏様と人間の違いであり、人は智慧と感情の高度なバランスを保つことができないため、地獄に行って衆生を救うことはできませんです。しかし仏様はいつでも地獄に来ることができます。」
仏菩薩様が地獄に来て衆生を救うには因果の法則に従い、因果を破壊することはありません。地獄には陽界から堕落したある衆生たちがいて、彼らは生前に精進して修行しましたが、戒律を守らなかったため、地獄の悪報を受けています。彼らが審判に来ると、審問や判決を受ける際に、仏菩薩様の呪文を唱えることがあります。彼らが仏菩薩様の呪文を唱えると、強力な威神力が生まれ、罪の霊を守ることができます。この時、閻王は獄卒を呼び、孟婆亭に行かせて孟婆湯を飲ませるように命じ、すぐに人間界に転生されます。すべての霊体は母胎の中に、十月の胎内地獄の苦しみを受けなければなりません。母親の狭い子宮の中で七ヶ月から十ヶ月間、丸まって過ごします。各霊体が母体にいる時間は異なり、業力によって決まります。霊体はこの狭い牢獄の中で非常に苦しい上に、母体の感情の変化を日夜受けなければなりません。母体の食べ物の温度が変化するたびに、胎児が寒熱地獄の苦しみを味わいます。このような胎内地獄の苦しみで、霊体は前世の修行した呪文を忘れやすくなります。大修行者でない限り、母胎にいる間は胎内地獄の苦しみを受けることになります。大修行者は胎内に入った後、自由に出入りでき、彼らは一時的に胎内に入らず、外で肉体が正常に発育して成長するように加持します。出生する時に初めて胎内に入ります。普通のすべての霊体は胎内に入った後、再び出ることはできず、必ず胎内地獄の苦しみを受けなければなりません。
罪の霊は胎内で死亡させ、呪文を忘れた後に再び地獄に入って裁かれます。もし罪の霊が呪文を忘れなければ、この胎内で死ぬ過程を何度も繰り返し、完全に忘れるまで地獄の報いを受けることになります。仏菩薩様が地獄に来て衆生を救うのは、罪の霊が地獄の報いを受けた後に心から悔いを生じ、その心性が回復する程度を観察し、因縁があるから来たのです。
観音菩薩様は地獄で苦しむ者を救うことがよくあります。最近、菩薩様は邪淫地獄に来て衆生を救済しています。私が案内しましょう。邪淫地獄では、若者の親が陽界で功徳を積んで霊に回向し、その功徳で観音菩薩様を呼び寄せて、霊を救済するケースが極めて少ないです。仏様は『普門品』の中で言っています「仏陀は無尽意菩薩に告げた、善男子よ!もし無量の衆生が様々な苦しみを受けているなら、観音菩薩の名を一心に唱えれば、観音菩薩はすぐにその声を聞き、皆を救済するだろう。」
到着しました!ここに仏光が照らし、瞬時に涼しく静かになり、心身が清らかで快適です!判官は観音菩薩様が電眼鉄丸地獄の一人の少年を救っていると言いました!
弟子の上官玉華は観音菩薩に礼をします!私は菩薩の現れた姿を見ました。それはカトリックの聖母マリアの慈悲深い姿です。判官は聖母マリアは実際には観音菩薩の一つの化身であると言いました。
仏様は『普門品』の中で言いました:「無尽意菩薩は仏陀に言った:世尊!観音菩薩は、なぜ娑婆世界に行く、どのように衆生に法を説くのか?方便力、それはなんのことでしょう?仏陀は無尽意菩薩に告げた:善男子!もしある国土の衆生が、仏陀の姿によって救えるべきなら、観音菩薩は仏陀の姿を現し、法を説く。もし辟支仏の姿によって救えるべきなら、辟支仏の姿を現し、法を説く。」観音菩薩様は縁に応じて衆生を救い、縁に応じて相応の身を示します。
電眼鉄丸地獄のあの少年、どこかで見たことがあります。ああ!思い出しました!1年前、私は葬儀場の霊堂で彼の遺影を見ました。彼の霊堂は私の親戚の隣にありました。当時、彼の両親はカトリックの儀式で葬儀を行い、線香を焚かず、法事をせず、ただ経を唱えて祈りました。前回、判官が言ってましたが、この少年は12歳で寿命を全うしました。その少年の両親には子供が一人しかいないです。今も毎日泣いて、まだ気持ちが回復していません。彼らはカトリックを信仰し、毎日聖母マリアに祈り、貧しい人々を助ける善行を行っています。そうすることで、慈悲深い観音菩薩様が少年を教化するために現れました。
今、聖母マリアに再び白い清らかな慈悲の光が放たれ、その光が地獄全体を照らし、地獄は涼しくなり、すべての刑罰が一時的に停止しました。昨年、電眼鉄丸地獄を訪れたとき、この少年は本当に惨めで、血が地面に流れ、目を背けたくなるほど悲惨でした。少年は体に手で十字を描き、神聖な聖母マリアに感謝し、まさか直接会えることに夢にも思わなかったと言いました。この時、聖母マリアは慈悲深く柔らかな声で教えました。「体は両親から受け継いだものです。子供よ、あなたの陽界の寿命はまだあるのに、短い寿命ですでに地獄に堕ちています。あなたは陽界の両親がどれほど心の痛い思いをしたか知っていますか?」
少年は涙を抑えきれず、涙を流しながら言いました。「もし時間が戻れるなら、どんなアダルト商品も見ません。今日は神聖な聖母マリアの前で徹底的に悔い改めたいです。両親にも謝りたいですが、もう彼らと話すことはできません。私は不孝です!死ぬべきです!両親は私のことがとても愛してくれました。私が何かが欲しいなら、彼らはすべてを満たしてくれます。住む環境は非常に恵まれていて、大きな家に住み、二人の使用人が昼夜も私の世話をしてくれました。今、私は両親の愛情を深く感じていますが、来世で彼らの育ててくれた恩を返すことを願います。」
実は最初は好奇心からで、その時はまだ6歳でした。コンピュータでアダルトサイトを見て、コンピュータに従って自慰行為をしました。最初は楽しいと思ましたが、次第に依存するようになり、習慣化してほぼ毎日自慰行為をしていました。学校のトイレでも隠れてしていました。両親は仕事が忙しく、毎日早く出て遅く帰ってきて、普段は授業が終わった後は使用人が私を見守っています。この二人の世話人は両親がいない時、友達と電話をしていることが多く、私が部屋にいるのを見て、私がとてもおとなしいと思い、邪魔することはありませんでした。
このようにして10歳になり、私は腰痛と全身の疲れを感じ、力がなく、いつも寝不足のような感じがして歩くにも杖が必要でした。まるで小さなおじいさんのようでした。母は私をたくさんの医者のことに連れて行きましたが、治りませんでした。その後、漢方医から重度の腎虚と早老と診断されました。この時、両親は私が自慰行為をしていることに気づきました。叱られましたが、両親はやはり子供を思う気持ちが強く、名医を探し続けました。私は自慰行為の傷害を感じ、一時的にやめました。両親は私が素直になったのを見て、私への監視も緩くなりました。
薬を飲んでいる間、アダルト画像やアダルト音声が頭の中に浮かび続け、これらは私の頭から離れませんでした。良くないと分かっているのに、全くコントロールできず、こっそりと自慰行為を続けました。その時、自慰行為をするたびに、すぐにひどい疲労感とめまいを感じました。結局、私が12歳のとき、牛頭馬頭が巨大な鉄の鎖で地獄に連れ行かれました。私はいつも自分の部屋でこっそり自慰行為をしていましたが、それを心の中に秘めて、声に出して言う勇気はありませんでした。今日は全部話せて心がスッキリしました。私のクラスメイトの多くはポルノサイトを見ていますが、両親はそれを知っていません。ここから離れたいです。聖母様、どうか私を救って天国へ連れてください。天国では、クラスメイトに、もうアダルトサイトを見ないように、自慰行為という邪悪な行為をしないように伝えたいです。
聖母マリアは言いました。「あなたの陽界の両親は今でも毎日あなたを恋しく思っています!」
少年は言いました。「聖母様!どうか私を助けてください。私はまだ天国に行けません。クラスメイトたちを助け、すべての男子生徒にポルノサイトを見ないように、自慰行為をしないように説得したいのです。もしそれができなければ、私の手は切り落とされ、口は腐ってしまうことにする。」
聖母マリアは言いました:「あなたが心を改めることができて素晴らしい!すべての過ちの源は心にあり、心が作り出すものです。正念を持つことに努力し、常に正しい意念を保つことで、邪念に汚されることはありません。あなたが有情の人々に邪淫の悪習を捨てるように勧めることは善願です。もしそれができないなら、手が切られ、口が腐るというのは悪願であり、悪い願いは正念を失わせます。私たちは善願を立てることができますが、悪願を立ててはいけません。善い願いも悪い願いも一つの因であり、因縁があれば果報があるのです。願いを立てば、いつか成就する日が来るでしょう。願いは無形の力であり、この無形の力は生生世世にわたって私たちを動かし続けることができます。善願は何度でも立てることができ、私たちの霊性を高める成果をもたらします。悪願は決して立ててはいけません。悪願を立てれば、悪循環を生み出し、自らの果報を受けることになります。さらに悪化すれば、人や物を害し、自分を損なうことになります。悪願は堕落の因であり、善願は生命の光明に向かう基礎です。」
少年は菩薩様の加持によって、心の光が最初の暗い赤色から薄い白色に変わり、彼の霊体は上昇しています。私は判官に尋ねました。「少年はなぜ地獄に堕ちてからまだ日が浅いのに、刑罰を受け終わる前にこんなに早く上昇できたのですか?」
判官は言いました:「少年自身の心性はそれほど悪くはないです。ただ、両親があまりにも忙しく、適切で正しい教育を与えてなかったため、少年は正しい知識と見解のない環境で誤った道に迷い込み、地獄に堕ちてしまったのです。今、観音菩薩様の救いに出会い、菩薩様の威力によって超度され、さらに少年が心から悔い改めることがあり、二つが揃ったこそ、こんなにも早く上昇できるのです。」
今日もたくさん学びました!私のために解説してくれた判官に感謝します!
阿玉は判官に合掌し、白い蓮の花に乗って帰ります。
