「文明論の概略」
・議論の本位とは何か
「重い・軽い」「長い・短い」「善い・悪い」という言葉はすべてそれを比較する考えからでてきたものである。
「軽い」ということがなければ「重い」ということはない。善がなければ悪もない。
略
このように比較した上で、より重要でより善いと決まったものを「議論の本位」と名づける。
・なぜ議論がかみあわないのか
・深い議論と浅い議論
・異端妄説こそが世の中を進歩させる
私は、議論の基準を定めて、これに達するための方法を明らかにし、天下の人々の意見をみな自分と同じ意見にするという
大それたことを企てているわけではない。しかし、あえて一言いっておこう。
今この時にあたって、さあ、前に進もうというのか、それとも後ろに退こうというのか。
進んで文明の道をあゆむのか、退いて野蛮へと返るのか。
ここは進むか退くか二者択一だ。
世の中の人が、もし進むことを選択するのであれば、私の議論が役に立つこともあるだろう。
それを実際にどのように応用していくのかについては、みなさん方の工夫にお任せすることにしたい。
福沢諭吉
2014年4月のとある晴れた日も、あべこべの基準があちら こちらに。
非難したり、傷つけたり、悲しませたり、命を奪ったり。
ひとり ひとりの文明への責任として学ぶことを続けたい。
訳された斉藤孝さんのお言葉を借りれば、
「優れた著者の親切な著作を読むことは、上手な人にリードしてもらってダンスをするようなもの。
自分だけでは到底到達できなかったような踊り方ができ、考え方ができるようになる。
それはまた、身体に刻まれ、自分の力を高める」
一緒に踊りましょう笑
*上記本文は、第一章からのみの引用です。
本文は、第十章まであります。
・印は、第一章内の中のタイトル表記です。
「現代語訳 文明論之概略」
ちくま文庫より


