2月16日に急遽帰省しました。
2月12日に父が入院しましたが、状態は安定していました。
2月16日 仕事用の携帯に病院から連絡。
両親とも急変時はDNARを希望しており、説明を受けた6分後に父は旅立ちました。
あまりにも突然のお別れで、兄も私も葬儀の時も、その後しばらくは涙が出ない状態でした。
父が生まれ育った沼津。
祖父が漁をしていた大好きな海。
筋が通ってないことは大嫌いな人でした。
自分の意志をしっかり持っていたら応援してくれる人でした。
父らしい戒名。
一番驚いているのは本人かもしれません。
12月末に施設に入り、1月末に実家じまいをした所だったので、荷物はこれだけ。
車で帰省したので私が持ち帰りました。
14年前、脳出血で右麻痺になった後もリハビリを続けていた父。
デイサービスで折り紙や塗り絵などは嫌がったけど、計算など高次脳機能障害のリハビリも続けてくれていました。
回リハで働いていたからこそ当時できたことも続けられたこともたくさん。
父にとって私はいちばん怖い看護師。
でもいちばん信頼してくれていました。
父が使っていた4点杖と新調したSLB装具は勤務している病院に寄贈。
リハビリが大好きだった父も喜んでくれているかな。
1月に帰省した時に両親にプレゼントした名前を記入したししゃもねこのキーホルダー。
母はシルバーカーにつけています。
父のキーホルダーは私のカバンに。
今日、四十九日法要を終えました。
まだ受け止められない思い。
故郷への想い。
悩むこともたくさんだけど、父が納得してくれるよう私らしく進んでいけたらと思います。







