きっかけ | タイトル未定・・・

タイトル未定・・・

ささやかな日常の雑記帳


そのiphoneで最初に目にしたニュースが

小林繁氏の訃報でした。


その夜のスポーツニュースでは

江川卓氏が心境を語られていました。



早すぎる引退後は

あまりメディアに登場することもなく、

ときどき報道でお名前を耳にする程度でした。


2年ほど前の日本酒のCMでの江川卓氏との2ショットは

当時のことを覚えてる世代のひとりである私にとっては

相当インパクトのあるものでした。


台本もなく、

「空白の1日」以来言葉を交したことさえなかったというふたり。

その対談の模様(ロングバージョン)を見たときには、

彼らの抱えてきたもの、その傷の深さを思うだけで

目頭が熱くなりました。


衝撃のトレード。

球団のために戦ってきた実績を持つ自分より

まだプロとしては未知数の一新人を選んだ球団。

裏切られた思い・怒りもあっただろうし、傷つきもしたであろう彼が

真っ赤な目をしてそれでも会見では努めて冷静にふるまおうとしていた姿は

今でも頭に浮かびます。

そこで恨み言を言うことは、野球を通して貫いてきた自らのダンディズムに

反することだったのじゃないか。

彼が一番嫌ったのは

お気の毒にかわいそうと言われ同情されることだったんじゃないか。

そう思いました。


言動の一つ一つがかっこいい選手でした。


ピッチャーズマウンドの上。

両の上腕で帽子を直す。

独特のタイミングから繰り出される変化球。

スリムでスタイリッシュなサイドスローピッチャー。


我が阪神でも素晴らしい活躍をしてくれた小林投手ですが、

やっぱりジャイアンツのユニフォーム姿が印象深いです。





小学校高学年から中学生の頃に

一番仲の良かった友人が

ジャイアンツの小林投手のファンでした。


今思うと、彼女とはけんか一つしたこともなく、

この人のここはムリと思うこともなく、

本当に気が合う友人でした。


それまでスポーツ中継はおじさんが見るものだと思っていた私が

プロ野球を好きになったのは、ひとえに彼女の影響であり、

ひいては小林投手の存在があればこそだったのでしょう。


ただ、私の場合は

普通にいつもテレビで試合を見られる巨人を疑いもなく応援してみて

なんか違うなと感じて割とすぐに阪神に心変わりしました。

掛布選手と江本さん、かっちょよかったしね。

ダメダメさを含めて球団を愛する阪神ファンが好きだと思ったし。


ジャイアンツとそのファンの(一部の)

「巨人軍は常勝たれ」「巨人の選手なら紳士たれ」みたいな発言が

選民意識に思えて仕方なかった。

「同じ野球選手じゃん」って。


アンチ巨人という感情が確立したのは江川騒動からでした。

「紳士」巨人なら「特別」だからそういうことやってもいいんだね、的な。

思えばあの騒動のときだって、くじが当たったからって相手の足もとを見て吹っかけるという

関西商魂があったかもしれないけど、阪神は得して憎まれもせず、うまくやったよね。



ベルばらのマンガから宝塚を好きになり、

野球から阪神ファンになるのがほぼ同時期で、

タイガースの試合を聞くために関西圏のラジオを聞くようになり(MBSとか)

そこからヤンタンとか深夜放送も電波の悪い中聞いたりするようになり。


こんな風に関東に生まれ育ちながらも関西の文化に憧憬を抱く下地ができました。


阪神好きじゃなかったら、のちに大学生になったとき

寮で主人と話をするきっかけがなかったかもしれないかも。


それ(↑)が幸か不幸かは別として、こうして考えると

小林投手の存在は結構人生を左右した気がするんだよね。


私は特別ファンってわけでもなかったんだけどさ。





そんな(全く以てどんなだかわからん)小林繁氏。





本当にまだお若くて、

近親の方にはあまりにも突然のお別れであったことと思います。

最後の最後にこんなに潔い引き際されなくても…



今はただ、心からご冥福をお祈りします。


生前のご活躍を偲びつつ・・