この時期になるとふと頭の中によみがえる出来事があります。
ずっと昔の話ですが、私の中ではかなりインパクトのある思い出のひとつ。
3月の末。
私は志望大学に合格し、諸事情から家を出て学生寮に入ることになりました。
今まで自分の住んでいる市からさえめったに出たこともなく、
家と女子高の往復(時々本屋か図書館経由)しかしたことがない
―そんな日々を過ごしていた私には、新しい生活への期待よりも
住み慣れた土地や家族から離れる不安の方が断然大きく、
半泣き状態で自分の荷物をまとめ、寮に入りました。
ちょっと説明すると、この寮は学生による自治寮で、
男子寮2棟・女子寮1棟、それに食堂から成り、
全ては廊下でつながっているものの、女子寮は男子禁制、
食堂は全寮生共用となっていました。
女子寮はすべて4人部屋。
私に与えられた部屋には、2年生の先輩がふたりと、4年生がひとり。
緊張しながらの挨拶に、そっけない感じの返事しかもらえず、
しかも父が部屋まで一緒についてきたことを注意され
(男子禁制だったので)、
心細い大学生活スタートとなりました。
カーリーヘアで化粧バッチリの2年M先輩、
宝塚の男役のようにりりしい感じで口数の少ない2年O先輩。
一番言葉を掛けてくれた4年のS先輩はヘビースモーカー。
こんなものかな?ってくらい会話はなく、
わからないことを聞けば最低限答えてくれるといった感じ。
不安は募るばかりです。
夜になって女子寮全体での新入生歓迎会がありました。
部屋の先輩に「娯楽室ですよね?」と聞くと、
「さぁ、そうなんじゃない?」くらいのそっけない返事。
全員参加のはずなのに・・と思いながら会場へ行きました。
部屋の先輩の姿のないまま会は始まり、
歓迎の言葉、自治寮の説明、それから会長挨拶と続いたあたりで
会が中断して、上級生たちが何やら相談を始めました。
その後の説明によると、
寮生の中には不良グループがいて、
その人たちは事あるごとに委員会に対立している。
その人たちが1年生全員ひとりずつ挨拶に来いと言っている
とのこと。
「大学生の不良?、国立大に不良??」
などという疑問をかき消す続きの情報によると、
そのグループのいる部屋(おねえさま部屋)は、私の部屋
だったのです。
言われてみれば思い当たることばかり。
委員会と対立してる人たちだから、あんなによそよそしかったんだと納得。
「とりあえず言う通りにしましょう。後でひどいことになるといけないから」
促されるまま20人程の1年生はひとりずつお姉さま部屋=私の部屋へ。
長い列をつくって順番を待つ私たち。
「こういう奴はどこにでもいるもんだね」と社会人経験のある年上の1年生。
終わった子にみんなで群がって「どうだった?何聞かれた?」と情報収集。
小学生のころの予防接種のようです。(「痛い?痛かった?」)
北海道出身の子は、「どうしよう?北海道では梅と桜どっちが先に咲くか
聞かれたけど答えられなかった」と半泣き。
私の番になりました。
「びっくりした?こういうことだから。まぁ、別に何もしないから安心して」
そう言われても…
半年に一度は部屋替えがあると聞き、それまでの辛抱と心を決め、
それでもなるべく部屋にはいないようにして他の1年生と一緒に過ごし、
部屋を出るときには貴重品一式身につけるようにして、
日々を過ごしました。
心配するといけないので、親には何も言えませんでした。
その後も寮や大学生協などの主催でいろいろな新歓行事は続き、
1週間ほど過ぎた入学式の前日、女子寮の新歓コンパが催されました。
色とりどりのフィズとかいうお酒がテーブルの上に並んでいました。
アルコールはお正月のお屠蘇以外は口にするのは初めてでした。
きれいな色。あまくておいしい。
全員がグラスを手にしたころ、委員長のスピーチがありました。
今年は新歓行事の一環として、初めて行ったものがある、
以前から伝統的に行っている大学もある、
それは、ウソコンと呼ばれるものである…
朝6時半からのラジオ体操はうそです
そう、毎朝早起きして屋上でラジオ体操してました。
でも、そういうものなんだと思ってました。
寮長が内気キャラなのもうそです
あぁ、そういえばおねえさま部屋騒動のときはっきりしない態度だったような・・
でもあまり気付かなかったよね
おねえさま部屋もありません
え? なんて?
とっさに状況が把握できません。
うそということは、どういうこと?
部屋の先輩3人が私のところにやってきて、口々にあやまっています。
「ごめんね、こわかったでしょう?」
「話もできなかったもんね」
「1年生ひとりだからまずいと思ったんだよね」
私は、気付いたら泣いていました。
驚いたのと安堵と、それ以上に感情が高ぶってしまって
ただただ涙が止まりませんでした。
家族でも他人でも、人前で泣いたのは小学生以来でした。
それからの大学生活は、イコール寮生活と言っても過言ではありません。
それくらい寮は楽しいところでした。
ときに笑い、ときに泣き、
青春のひとときといえば、今でもあの古くて貧乏くさい寮が浮かびます。
寮の食堂は何年か前に職員削減のため廃止されてしまいました。
ウソコンは、今も続いているのでしょうか。
蛇足ですが、翌年私はウソコンを企画するメンバーの一員となりました。
新興宗教部屋やら双子の1年生(実は赤の他人同士の2年)やら妊婦やら
いろいろなウソを考え、実行しました。
私は自らおねえさま役の一人として、がんばりました。
(1年生の様子は、双子役から筒抜け)
ウソコンは、だます方に回ると相当楽しいものでした。
果たしてこれって本当に歓迎になってるのかどうか
という根本的な疑問を残しつつ、長い思い出話を終わりにします。
―追記―
懐かしさの流れで久しぶりに寮のHPに行ったら、
廃寮が決まったという一文が
今の生活に直接関係あるわけではないけれど、
一抹の寂しさを覚えずにはいられません