豊田国際 | タイトル未定・・・

タイトル未定・・・

ささやかな日常の雑記帳

海外誌International GYMNASTのwebから。

(ここは、海外のメディアの中では、鹿島くんや冨田くんの引退などについても、日本の新聞記事の翻訳でないarticleを掲載してくれていた、私が見た中では数少ないHP。

でもまとめて更新されるらしく、豊田国際の2日目は今日になっての更新でした。)



まず、一日目に関する記事。

Japanese Dominate Toyota Cup ('08.11.15.)


ゆかで銀のアメリカGuillermo AlvarezのコーチMike Burnsのコメントを紹介しています。

「日本チームの演技はとてもcrisp(キビキビした、生き生きした)でclean(きれいな)だ」


あん馬について。

「あん馬は日本チームが1位を取れなかった唯一の種目だったが、それでもなお土曜日のメインイヴェントであった。それは2度のオリンピック出場を果たした鹿島丈博の最終演技が披露されたからである。この2003年の世界チャンピオンは、ウ(ゴニアン)で危うく落ちかけるのであるが、Burnsは、こう語っている『もうおしまいかと思われたウ(ゴニアン)で驚異的に持ちこたえると、再び旋回を開始し、きっちりと着地した』


『これが最後の演技だったので、絶対に落ちたくなかった。それで、全力で立て直した』

2004年のオリンピックのゴールドメダリストの一員、そして2008年のオリンピックでは銀メダルを獲得したチームの一人である鹿島はこう語った。


6位という順位ではあったが、自分の演技には満足していた。引退のセレモニーでは、地元の体操クラブの選手たちからたくさんの花束を受け取り、その笑顔が絶えることはなかった。


『初めはオリンピックが終わったらすぐに引退を考えていました。でも、いろいろな方と相談して、長い間応援してくださったファンの方々のために最後の演技を披露したいと考えました。この最後の演技は自分自身にとってもまたいい終わり方になるだろうと思いました。たくさんの方々に僕のあん馬の演技を美しい、好きだと言っていただけました。この大会で締めくくれたことを幸せに思います。大会前にファンの方々からの声援をいただき、大変うれしく思いました。僕の25年間の体操人生は、本当に幸せなものでした。たくさんの方々が支えてくださいました。』」

鹿島選手のコメントはこちら の会見の英訳ですね。


こちら の鹿島選手のインタビューは、JGA公式ブログのこの記事 の英訳です。





で、二日目。

Romania Wraps Up Toyota Cups ('08.11.16.)


・・・「日曜日の主役は何と言っても冨田であった。彼は国内最後の演技を披露した。

平行棒の演技の前、(前の演技の)採点が遅れている間、観客は彼に声援を送った。

『感情が入りそうになりましたが、演技に集中しようと思いました。』冨田は言った。

『すこし待ち時間があったので、バーが乾いてしまったのではないかと思いました。演技を始めると、バーが滑り易くなっていると感じたので、演技構成を変えて、ベーレを最初に持ってきました。』


鉄棒では、冨田はA得点の難度を上げて演技をしようと決めた。『当初、A得点を上げることに迷いはありましたが、最後まで最高の演技を披露したいと思いました。着地を決めることは観客にとって最もわかりやすいので、完璧な着地を狙っていました。平行棒では動いてしまいましたが、鉄棒ではなんとか決めることができました。観客の皆さんの応援があったからこそそれができたんだと思っています。』」

この辺りは前述のブログのこちら


冨田選手の引退に関する記事はこちら

 記事の内容は、日本の新聞とあまり変わりないですが、扱いが大きいですよね。

 しかもこのつり輪の写真、私の大好きなものの一つです。

 



以上、日本語を英訳したものを更にざっくりと和訳してみました。なんとも意味のないことをしてますね。