北京オリンピックが閉幕しました。
力の限りを尽くした選手の方々、本当にお疲れ様でした。
感動をありがとうございました。
メダルの数がどうのとか、期待はずれとか、過去を歪めてまでの批判とか、そういうのはやめて、
ありがとうって、選手の方々に言いませんか。
で、オリンピックといえば、やっぱり語りたくなってしまう冨田選手。
今日も嬉しいことにコメントをいただいたり「冨田」で来られる方もいらっしゃるので、やっぱ語ります。だってまだ余韻をひきずってる・・・
「オリンピックといえば体操」っていうくらい体操という競技は昔から好きでした。
印象に残っている選手はいっぱいいますが、池谷・西川両選手の活躍したソウルオリンピックの時の水島選手とか、とくに好きだったんですよね。
冨田選手にはアテネの代表に決まった頃にはもう注目していて、アテネの大会が終わるころにはすっかり彼の演技に魅了されていました。
「演技」と限定するのは語弊がありますね。他の選手とはちょっと距離を置いて、いつも表情を崩さず、想像に難いプレッシャーの中涼しい顔で演技する、そして私たちの期待に応えてくれる、この人はいったい何者なんなろうという思いで彼から目が離せなかったのですから。
冨田選手の鉄棒と、「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」のナレーションとの見事なコラボレーションは、徹夜明けの私に限りない感動を与えてくれました。
以来、大きな大会はNHKの深夜枠あたりや協会のHPなどでチェックしつつずっと注目してきたので、今回のオリンピックはかなりテンションが上がっていました。
ちょうど、ブログを始めた時期でもあったので、事あるごとにそんな自分の思いを書き付けてきました。大会開幕とともに、冨田選手の名で検索してこちらに来てくださる方が増えたこと、思いを共有できたことは、私にとって思いがけないことでもあり、本当に大きな喜びでした。
「美しい体操」というフレーズはあまりにも有名ですが、彼は以前あるインタビューでこう語っています。
(美しさとは)[無駄がないこと」「見てる人に簡単だとか自分もできそうだと思わせること、難しいことも簡単に見せるようなこなし方」
難しいことをさらりとやってのける、迷いや苦しみは裏側に隠して。
自らを「努力の人」と称する彼の美学を感じます。
最後の最後に本音を言えば、彼に個人での成績を残してほしかったし、それが可能だと信じていました。
彼が、彼こそはそれに値すると思ったから・・・
それでも、悔しさも達成感も安堵も重圧もすべては彼自身のものでしかないから、
私にはやっぱりありがとうの言葉しか思いつかない。
