コピペ | HELLO”GOODBYE"

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てきとーにこーしん(ToT)/~~~


1979年、明治製菓からたけのこの里が発足。4年もの間、チョコレート分離主義によってお茶の間の過半数を支配していたきのこの山だったが、たけのこの里が掲げるチョコレート混合主義にその領土を悉く奪われる。これを危機としたきのこの山陣営はたけのこの里陣営を市場侵略と批判。きのこ至上主義を訴えるが、それにたけのこの里が強く反発。両者共に主張を譲る事はなく、ここにきのこたけのこ戦争が勃発する。

両派閥の出資者である明治製菓はこの事態を憂慮し、急遽1987年にすぎのこ村を設立。しかし、平和の象徴、緩衝地域として機能する予定だったすぎのこ村は、皮肉にもきのこたけのこ両陣営の激しい戦いによって歴史の地図から消滅する。講和条約は白紙へと戻され、この事件以降、明治製菓は文字通り「菓子の商人」として両派閥を背後から支援する存在となる。すぎのこ村は現在では廃村と化しているが、数年に一度復活するとの伝説が残されているという。

きのこの山陣営は明治製菓の出資を背景に、20種類以上の限定商品を以ってお茶の間へと侵攻。同じ明治製菓の出資を受ける筈のたけのこ派はごく僅かな限定商品しか開発出来なかったが、数多くの若年層を取り込む事できのこ派に対抗。この格差には様々な説が論じられており、お茶の間の厭戦感情を考慮に入れた明治製菓の策であるとの説が有力である。しかしその一方で、明治製菓はきのこ・たけのこ両菓子の売り上げを競うというキャンペーンを数度にかけて行っており、菓子の商人としての辣腕を発揮している。

この戦争において、きのこ派・たけのこ派共に多くの血が流れた(※もっぱら鼻からだが)。

内戦は開戦より30年経過した21世紀の現在も尚続いており、収束する気配が無い。両派閥共に明治製菓の傘下にある為、これを商業戦争として批判するものも多く、また、明治製菓内ではきのこ派、たけのこ派のどちらに籍を置くかによって社内での出世が決まる程に派閥争いが深刻化している。更には多数の他菓子会社の武力介入により、戦局は迷走。

(http://dic.nicovideo.jp/a/きのこたけのこ戦争)










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