東日本大震災が起きたあの日、

わたしは仕事から帰ってお昼ご飯を食べ、ソファでお昼寝をしていました。

あれ?揺れてる??

目が覚めました。

阪神大震災から、わたしは少しの揺れでも敏感です。



テレビを付けたら、各局アナウンサーの人がヘルメットをかぶっていて、
大きな地震が起きたこと、
大津波警報がでていることを知りました。

うちのマンションも、何度も揺れるので一人じゃ怖いから実家に行きました。

旦那さんは中国・上海へ出張中。
帰ってくる日でした。

実家でテレビを見ていると、仙台空港が津波にのまれていました。

空港が閉鎖したりしてたので、旦那さんが関空に着陸出来るのか心配でしたが、ギリギリ着陸できて、帰って来れました。

そこからは、もう何日もCMなしの報道番組。


極寒の中、毛布1枚で寒さをしのいでいたり、物資が足りなかったり、妊娠中の奥さんが津波に流されて探しまわっている旦那さんがいたり……

テレビを見ていると涙がでてきて止まりませんでした。


あのときは、お水が本当に不足していて、近所のスーパーも常に品切れ。

いつ入荷するかもわからない状態。

たまに入っても、一人1本まで。

一人1本にもかかわらず段ボールを何箱もカートに乗せてる人。

自分が一番大事。

分かるけど、見ていて情けなくなりました。

家族や大事な人を亡くして、それでも一生懸命生きている人たちのことを、税金をたくさん使って支援してあげてほしい。

心からそう思います。


そして、近い将来、大きな地震が起こると予想されています。

そのときの為に、しっかり備えをすることも大切です。


こないだテレビでやってました。

一番最悪なケース。

M9クラスの地震が満潮の時刻に起き、大阪湾の津波が押し寄せた場合、大阪市内は水没、枚方、四条畷の方まで被害は大きくなるようです。

大丈夫って思わず、もしものときを考えて備えをしっかりしたいです。


そして、今日だけではなく、毎日が来ることに感謝して過ごして行きたいと思います。