産休入りできたはずだったんだよなぁ、ホントなら。
職場の妊婦さんは、その日に産休入り。
あと、アメブロの歳の差夫婦の若いママさんも、おなじような時期。
いいなぁ、と思ってしまう。
だけど、流産した後、臨月間近になった頃どんな気持ちになるんだろうと心配していた感情はほとんどなし![]()
かなり荒れ狂うか不安定になるか、どちらかだと思っていたけど、ふつう〜。
多分、自分の中でけりがついてるからかな。
ふたり育児したかったし、息子の本心はわからないけど、わたしは今ちょっと気が楽です。
地方在住のわがやは、子供が大学進学したいとなれば一人暮らし必須です。
大学はいくつかあるけど、学部に偏りあるからね。
子供の進路を差別したくなかったから、二人だと、
毎月いくらためなきゃなの?!
塾もあるし、習い事は??
車の積立できるかな?!
へそくりは?!
みたいな焦りが半端なかったと思うけど、ひとりが決まった今、そんな焦りがなくなりました。
不妊治療が実らず終わったことを知ってるのにエコー写真つきの妊娠報告してきた失礼女子は、『駅前の専門でいいじゃん!通学しかだめっていえばいいじゃん!!』とひとんちの価値観を無視して決めつけてきたけど、それは人それぞれだし。
3人家族なら、無限の選択肢はあげられないけど、進学したいとなれば、かなりサポートできる。
でも、支援する側の要望としては、就職や経済的自立に直結する学部であることが条件かな。
学びたいという純粋な気持ちは大切だけど、やっぱり、社会人になったら、子供のことで余計な心配したくない。
わたしはわたしで、気楽に、自分と夫のことだけ考えていたい![]()
自分が進路を決めるとき親にさんざん言われたことと同じことを思ってるわたし、、、。
うちの親(というか、父)は、3人きょうだいすべてに、二浪私立理系一人暮らし必須を許可してくれた。就職に結びつく学部だったから。
生前贈与のつもりだから、と。
卒後20年以上たち、まじで、父は私達に経済的なことは、少しも口出ししてこない。
気にする必要ないのがわかってるから。
厳しくてこわかった父は、今は呑んだくれの孫かわいがりじいじ。
父も必死だったんだな。
誰かの親になるって責任重大だ。
ひと頃流行った漫画の有名なセリフ。
『ばかとぶすほど東大にいけ』ってセリフ。
わたし、おとなになってみると、あれは差別でもなんでもなく真理だと思う。
わたしは、はっきり言ってぶすです。
初めて外見をからかわれたのが小一。
それから中三までずっと外見でいじめられたりからかわれたり。
高校のとき、自転車で帰宅途中に、見知らぬ他人にすれちがいざまに、ブス
と言われたり。
だから、学歴を身につけたかった。
親の庇護のもとにいるときに勉強がんばろう、親の庇護のもとを離れたあとのほうが長い、そのときに惨めな思いをしていなければぶすにも活路はあるはず、って。
勉強の向き不向きはあるけど、少なくとも親の理解があれば、運動や芸術で身をたてようとするより、可能性は高いと思ってる、今も。
東大がすごいとかはべつに思わないけど、まあ挑戦する気も起きないくらい高い壁だったけど、人生には圧倒的な武器がある。
努力が実り、なにかを手に入れたという自信。
しかも、まわりがみてだれでもすごいとわかるもの。
コンプレックスがあればあるほど、わかりやすいなにかを手に入れとくのは大事だなぁと思う。
東大はただの道具。
どう使うかが大事。
私、ぶすだけど、今結構幸せだし。
で、話は戻り、二人いたら、たぶん、塾も習い事も進学も、すべて制限せざるを得なかったよなぁ。
きょうだいいるって、お金にかえられないけどね。
でも、最近、こどもはひとりです!ってふつうにいえてます。
ただただ、今に感謝。
37歳で結婚した私が、結婚2か月で妊娠し、妊娠継続できて、38歳後半で出産できて、お母さんと呼ばれる時間を経験できてる。
結婚が1か月遅ければ叶わなかったかもしれない。
ぎりぎりかけこみセーフで親になれた。
人と比べない。意味ない。
いいきかせてる、自分に。
わたし、今、結構幸せだ。
今の悩みは友達少ないこと。
いじめられっこ気質ってなかなか消えないコンプレックスでして。
自分なんかといたくないかなぁ、とか変な気をつかってしまう。
だから、保育園やご近所さんとの立ち話とかは平気だけど、新しい交友関係作るために積極的に誘ったりとかできない。迷惑かなとか考えちゃう。
仲良くなれば自分から誘うけど。
恐ろしいことに、息子産まれてから新しい友人できてないよ![]()
10年後にはこちらに気軽な茶飲み友達できてるといいなぁ。