売り込まずに「あなたにお願いしたい」と言われる|案件獲得プロデューサー ナミマリョウ

売り込まずに「あなたにお願いしたい」と言われる|案件獲得プロデューサー ナミマリョウ

「商品には自信がある。人柄も悪くない。なのに、なぜか選ばれない」そう感じているなら、実力不足ではありません。伝え方の順番が違うだけです。500名の経営者を見てきた私が、心を整えるところから、売り込まずに選ばれる伝え方までをお伝えします。


売り込まずに「あなたにお願いしたい」と言われる|案件獲得プロデューサー ナミマリョウ


はじめまして。ナミマリョウです。


頑張っているのに、なぜか選ばれない。
その原因は、あなたの実力でも努力不足でもありません。
伝え方の順番が、少し違うだけです。


ここでは、心を整えるところから、
売り込まずに「あなたにお願いしたい」と言われるまでを書いています。


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外に出られない日が、半年以上続いていました。

 

 

痛くて、息もできなくて、家の中にいました。

 

 

毎日、どうして俺だけこんなめに、と言っていました。

 

 

そんなときです。

 

 

母が、僕のところに一冊の本を持ってきました。

 

 

そして、こう言いました。

 

 

「世の中には不思議なこともあるみたいだよ」

 

 

それだけでした。

 

 

読みなさい、とは言いませんでした。

 

 

元気を出しなさい、とも言いませんでした。

 

 

本を置いて、帰っていきました。

 

 

いま思うと、ここが大きかったです。

 

 

あのとき、もし「読め」と言われていたら、僕は読まなかったと思います。

 

 

元気を出せと言われていたら、たぶん怒っていました。

 

 

母は、何も言いませんでした。

 

 

だから、僕はその本を開きました。

 

 

本の題名は、『ザ・シークレット』でした。

 

 

ロンダ・バーンという人が書いた本です。

 

 

僕は、1年に1冊も本を読まない人間でした。

 

 

それなのに、不思議と読み進めていました。

 

 

書いてあったのは、こういうことでした。

 

 

自分がこうなりたいと想像したこと。

 

声に出したこと。

 

紙に書いたこと。

 

 

そういうものが、現実になっていく。

 

 

読みながら、僕はヒヤッとしました。

 

 

僕がやっていたのは、全部その逆だったからです。

 

 

毎日、人のせいにしていました。

 

毎日、文句を言っていました。

 

毎日、怒っていました。

 

 

どうして俺だけこんなめに、と声に出していました。

 

 

それを、2年半以上続けていました。

 

 

もし本に書いてあることが本当なら。

 

 

いまの自分をつくったのは、自分かもしれない。

 

 

そう思いました。

 

 

ここは、はっきり書いておきます。

 

 

これは、僕が自分についてそう思ったという話です。

 

 

痛みで苦しんでいる人に、あなたのせいだと言うつもりは、まったくありません。

 

 

事故も、体のことも、僕のせいではありませんでした。

 

 

それでも、あのとき僕は、自分の中のことだけは自分で決められるかもしれない、と思ったんです。

 

 

そして、不思議なことが起きました。

 

 

その瞬間、地獄の底に足が着いたような感じがしたんです。

 

 

ずっと落ち続けていました。

 

 

どこまで落ちるのか分かりませんでした。

 

 

でも、足が着きました。

 

 

底があるなら、あとはここから登ればいい。

 

 

なぜか、そういう気持ちが湧いてきました。

 

 

半年ぶりに、前を向いた日でした。

 

 

ただ、気持ちが湧いただけでは、体は動きません。

 

 

ここから僕は、毎日あることを始めます。

 

これも、当時の話です。

 

 

家の中で叫んで、のたうち回った日がありました。

 

 

2年半おさえてきたものが、全部あふれた日でした。

 

 

そのとき僕は、どこかでこう思っていました。

 

 

これだけ出したんだから、少しは楽になるはずだ。

 

 

ところが、そうではありませんでした。

 

 

あの日を境に、僕の体に別のことが起きました。

 

 

急に、息ができなくなるようになったのです。

 

 

胸が苦しくなって、呼吸が浅くなる。

 

 

吸っているのに、入ってこない感じがする。

 

 

はじめて起きたときは、何が起きたのか分かりませんでした。

 

 

このまま息が止まるんじゃないかと思いました。

 

 

そういうことが、何度も起きるようになりました。

 

 

病院では、パニック障害と過呼吸だと言われました。

 

 

痛みに、息苦しさが足されました。

 

 

それまでは、痛くて動けませんでした。

 

 

ここからは、痛くて、息もできなくて、動けなくなりました。

 

 

外に出るのが、こわくなりました。

 

 

電車に乗るのも、人の多いところに行くのも、こわい。

 

 

また、あの息苦しさが来たらどうしよう。

 

 

そう思うと、家から出られませんでした。

 

 

痛みは前から相談できませんでした。

 

 

そこに、説明しづらいものがもう一つ増えました。

 

 

息ができないと言っても、見た目には何も起きていません。

 

 

そんな状態が、半年以上続きました。

 

 

事故から、2年半がたっていました。

 

 

いま振り返ると、僕はこの半年のことを、あまり覚えていません。

 

 

朝が来て、夜になって、また朝が来る。

 

 

それを、ただ見ていただけでした。

 

 

毎日、同じことを考えていました。

 

 

どうして、俺だけこんなめに。

 

 

どうして、あの道路を走ったんだろう。

 

 

どうして、相手は一度も謝りに来ないんだろう。

 

 

そればかりでした。

 

 

ここで、今だから言えることがあります。

 

 

僕はあのとき、ずっと人のせいにしていました。

 

 

相手のせい。

 

医者のせい。

 

保険会社のせい。

 

 

たしかに、僕は悪くありませんでした。

 

 

それは今でも、そう思っています。

 

 

でも、人のせいにしている間、僕の体は一度も良くなりませんでした。

 

 

それどころか、悪くなっていきました。

 

 

恨んでいる時間は、僕を一歩も前に進めませんでした。

 

 

もちろん、当時の僕にそんなことは分かりません。

 

 

分かっていたら、やめていました。

 

 

ただ、結果としてそうだったというだけです。

 

 

そして、この半年のあと。

 

 

ある日、母親が僕に、一冊の本を持ってきました。

 

 

そこから、少しずつ何かが変わり始めます。

 

これは、事故から2年半がたったころの話です。

 

 

いま思い出しても、あの時期の自分は、いい状態ではありませんでした。

 

 

体は良くならない。

 

原因は分からない。

 

保険会社との話は終わらない。

 

 

僕はずっと、誰かのせいにしていました。

 

 

あのとき、もっとちゃんと診てくれていれば。

 

相手が信号無視をしなければ。

 

 

僕の体がこんなふうになったのは、自分のせいじゃない。

 

 

そう思い続けていました。

 

 

ただ、そう思いながら、ひとつだけ引っかかっていたことがあります。

 

 

もし僕にも、少しでも悪いところがあったなら。

 

 

たとえば、僕がよそ見をしていたとか。

 

スピードを出していたとか。

 

 

そうだったら、まだ納得できたと思うんです。

 

 

自分にも非があった。

 

だから、こうなった。

 

 

そう思えたら、受け入れる場所がありました。

 

 

でも、僕の過失は0でした。

 

 

何ひとつ悪いことをしていないのに、体がこうなった。

 

 

だから、何を受け入れればいいのか、分からなかったんです。

 

 

怒りをぶつける先もない。

 

自分を責めることもできない。

 

 

どこにも置けない気持ちを、ずっと抱えていました。

 

 

だから僕は、不満を言い続けました。

 

 

毎日、毎日です。

 

 

そして、そのころの僕は、痛みに対してこう言い聞かせていました。

 

 

大丈夫だ。

 

この痛みは気のせいだ。

 

 

2年半、そうやって我慢してきました。

 

 

痛いのに、痛くないことにする。

 

 

それを毎日、自分に言い続けました。

 

 

ところが、ある日でした。

 

 

何かがプツンと切れる感じがしました。

 

 

体へのストレスが、限界を超えたんだと思います。

 

 

僕は家の中で、大きな声で叫びながら、のたうち回りました。

 

 

もうこれ以上我慢できない。

 

 

そう叫んでいました。

 

 

止められませんでした。

 

 

2年半、押さえつけてきたものが、一気に噴き出したようでした。

 

 

そして、そのまま死んでしまいたいという気持ちが、あふれ出てきました。

 

 

あのときは、本気でそう思っていました。

 

 

そこから僕は、どんどん暗くなっていきました。

 

 

みんな死んでしまえと思いました。

 

 

楽しそうにしている人の顔を見ると、憎たらしい気持ちが湧いてきました。

 

 

そして毎日、同じ言葉を繰り返しました。

 

 

どうして、俺だけこんなめに。

 

 

呪文のように、何度も言いました。

 

 

いま書いていても、ひどい状態だったと思います。

 

 

でも、あのときの僕は、本当にそうでした。

 

 

この話には、続きがあります。

 

 

叫んだあと、僕の体にもうひとつ、別のことが起きました。

 

会社では仮病だと言われ、保険会社にはもう治っているはずだと言われる。

 

 

それでも、僕の体は痛いままでした。

 

 

だから、病院を探しました。

 

 

一つ行って、分からないと言われたら、次を探しました。

 

 

気がつくと、20件近くになっていました。

 

 

行くたびに、同じ説明をしました。

 

 

いつ、どんな事故だったのか。

 

 

どこが、どんなふうに痛むのか。

 

 

20回近く、同じ話を繰り返しました。

 

 

どこへ行っても、原因は分かりませんでした。

 

 

検査をして、様子を見ましょうと言われて、また次の病院へ行く。

 

 

その繰り返しでした。

 

 

体は痛い。

 

でも、悪いところは見つからない。

 

 

だんだん、自分の感じている痛みのほうが間違っているのではないかと思うようになりました。

 

 

そのころには、もう全部が嫌になっていました。

 

 

そんなときに受けたのが、神経ブロックという注射でした。

 

 

打った場所は、首に3本。

 

背中に3本。

 

左ひざに2本。

 

 

合わせて8本です。

 

 

物凄い激痛でした。

 

 

打たれている間、息が止まりそうでした。

 

 

それでも、終わりました。

 

 

そして、その日。

 

 

信じられないくらい、体の痛みがありませんでした。

 

 

事故のあと、こんな感覚になったのは初めてでした。

 

 

痛みがないというのは、こういうことだったのかと思いました。

 

 

体を起こしても痛くない。

 

歩いても痛くない。

 

 

息を吸っても、どこも引っかからない。

 

 

当たり前だったことが、全部戻ってきたように感じました。

 

 

これで良くなる。

 

 

事故から2年以上たって、はじめて希望が湧いてきました。

 

 

その夜は、久しぶりによく眠れました。

 

 

ところが、3日後でした。

 

 

急に、体が痛み出しました。

 

 

あの痛みが、そのまま戻ってきました。

 

 

僕は急いで、もう一度その注射を打ちに行きました。

 

 

今度も激痛でした。

 

 

でも、耐えました。

 

 

あれがもう一度来るなら、何本でも打つつもりでした。

 

 

その後、40度を超える熱が出ました。

 

 

体が熱くて、動けませんでした。

 

 

その熱が注射のせいなのかどうかは、僕には分かりませんでした。

 

 

ただ、また動けない体に戻っていました。

 

 

希望を持ったぶんだけ、落ちました。

 

 

3日前まで、治ると思っていました。

 

 

その自分を思い出すのが、一番つらかったです。

 

 

あの夜、久しぶりによく眠れた自分。

 

 

何本でも打つつもりだった自分。

 

 

全部、無駄になりました。

 

 

痛みが戻ってきただけなら、まだ耐えられたかもしれません。

 

 

一度なくなったものが、また戻ってきた。

 

 

それが、こんなにこたえるとは思いませんでした。

 

 

このあと、僕の中で何かが切れます。

 

弁護士に入ってもらっても、資料は自分で集めるしかありませんでした。

 

 

体の痛みは、増すばかりでした。

 

 

それでも、会社は待ってくれませんでした。

 

 

僕には会社があり、住宅ローンがありました。

 

 

毎月、返していかなければならないお金があります。

 

 

入籍したばかりで、これから家族を守っていく立場でした。

 

 

返済の日は、僕の体調に関係なくやってきます。

 

 

休み続けるわけにはいきませんでした。

 

 

有給は、すべて使い切りました。

 

 

もう、休むための残りはありませんでした。

 

 

正直に言うと、僕は会社を辞めたかったです。

 

 

体は動かない。

 

痛みは消えない。

 

保険会社との話は終わらない。

 

 

今すぐには解決できないことが、いくつも重なっていました。

 

 

考えることが多すぎて、頭がついていきませんでした。

 

 

それでも僕は、無理をして会社に行き始めました。

 

 

行ってみて、分かりました。

 

 

僕が会社にいられるのは、1時間が限界でした。

 

 

座っているだけで、体が痛みました。

 

 

でも、1時間で帰るわけにはいきません。

 

 

そのまま、机に座り続けました。

 

 

そして、毎日、同じ時間に限界が来ました。

 

 

15時になると、僕はトイレで吐いていました。

 

 

痛みに耐えられなくなるのが、その時間でした。

 

 

誰にも見られないように、トイレに入りました。

 

 

個室の鍵を閉めて、声を出さないようにしました。

 

 

吐いて、口をゆすいで、顔を上げて、席に戻りました。

 

 

何ごともなかったような顔で、パソコンの前に座りました。

 

 

それを繰り返しました。

 

 

それでも体は動かなくなっていき、3日休みました。

 

 

また出勤して、また3日休みました。

 

 

出ては休み、出ては休み。

 

 

その繰り返しでした。

 

 

休む日の朝、会社に電話をかけるのが、だんだん重たくなっていきました。

 

 

何度も同じ説明をしていると、自分の言葉が言い訳のように聞こえてきます。

 

 

周りから見れば、よく休む人間だったと思います。

 

 

そんな僕に、当時の上司が声をかけてきました。

 

 

「みんな何も言わないけど、お前が仮病してると思ってるぞ」

 

 

そう言われました。

 

 

その日から、嫌みを言われる日が続きました。

 

 

言われない日は、無視されました。

 

 

毎日のことでした。

 

 

僕は、痛みで吐いていました。

 

 

痛みで眠れない夜を過ごしていました。

 

 

それを、仮病だと言われました。

 

 

痛みは、見えません。

 

 

見た目では、どこも悪くないように見えます。

 

 

見えないものを、毎日、言葉で説明し続けるしかありませんでした。

 

 

痛みそのものより、この言葉のほうが体にこたえました。

 

 

言い返す元気は、そのときの僕にはありませんでした。

 

 

ただ、一つだけ思ったことがあります。

 

 

自分が元気になったら、この人だけは許さない。

 

 

そう思いながら、その時期を過ごしていました。

 

 

会社では仮病だと言われ、保険会社にはもう治っているはずだと言われる。

 

 

僕の痛みを、信じてくれる人はいませんでした。

 

 

それでも、自分の体が痛いことだけは、はっきりしていました。

 

 

だから僕は、病院を探し続けました。

 

 

そして、20件近くの病院を回ることになります。