翌日、朝から訪れたのは石巻市ささえあい総括センター。
ここでは石巻市社会福祉協議会の阿部由紀さんを講師に迎え、
震災発生から現在におけるまでに起こった様々な問題や取り組んできた活動を、
自身の体験などもふまえながらお話しいただいた。
災害が起こる前、平時から危機感をある程度は持っておくこと、
子供世代には常日ごろから自然災害の恐ろしさを話伝えておくこと、
想定というのは安易に覆る、常に最大限の被害を予測しておくこと、
自分は大丈夫と思いこまない事、
家族が波にのまれていくのをただ何もできず見ていた友人の事、
身内が亡くなっても職務を離れられず全うした役所職員のこと、
野球部や運動部、たくさんの地元高校生たちが自分達のやりたいことを我慢し一生懸命復興活動を支えてきたこと、
そんな多くの意義ある貴重なお話を聞かせて頂いた中で、
個人的に最も心に残ったことが女川原発をはじめとする原発問題に対するお話であった。
津波の被害が大きく早急に救助を必要とする地区が多くあったにもかかわらず、
発災翌朝一部の自衛隊が動いたのは女川原発周辺の住民の石巻への移送。
無論、女川周辺にも救助を必要としていた人々はいたが、移送されたのは食料も衣服もある程度確保できていた地区の人々、にも関わらず突如一切の説明なしに強制移送された原発周辺の住民はただただ戸惑うばかりであったという。
放射能漏れの可能性があった為、政府から最優先でそちらの任務を遂行するよう自衛隊に命令が下されていたことが後々になりわかったそうだが・・・
その裏で、真冬の冷水に濡れ食料もなく寒空の下救助を待たずして息絶えた人々。
原発の存在で、本来なら真っ先に救助に向かうべき場所が後回しにされるという事実、それがなければ救われていた命も少なくはなかったであろう事実。
震災を機に、自然災害に対し平時から備えておく必要性とともに、
人間が作り出した非常に恐ろしい負の産物の存在にも気付かされた。
しかもそれは自然災害と異なり、
普段の自分達の意思や選択で防ぐことのできた問題。
便利な生活もいいがそれがどのようにして成り立っているのか?
どのようなデメリットをもたらすのか?
いざという時に自分で自分の首を絞める、これほど馬鹿らしいことはない、
自然災害対策を進めるとともに、常日頃から自分達のとりまく環境をより多角的かつ深い視点から見つめなおす必要性を提言して頂いた。
ご自身の立場も踏まえた上であると思うが、
今回はこの問題に関してはそれ以上掘り下げてお話されることはなかった。
あくまでも個人的な感想ではあるが、発災後これだけ時が経っても未だ終息しない原発、放射能問題に対する憤りのようなものがひしひしと伝わってきた。
尚、放射能問題に関して今回気付いたことといえば、
海陽町から石巻までの道中、
メンバーの一人が放射線測定機を携帯していたので、
道中随所で数値を調べていたが、やはり福島県内の数カ所で他には見られない高い数値が計測され、TVやネット上で流れる放射能問題またそれが実際に存在するという事実を身をもって実感した。
その数値は国際基準に照らし合わせると明らかに安全基準を大幅に超えていたが、
それらの地区では人々が普通に暮らし、田んぼや畑では農産物の栽培が普通に行われていた。五感では感じることができず、見ている限り何の異変もないのどかな風景に、また日本政府の在り方に云い様のない不安を感じずにはいられなかった。
尚、福島県内の一部を除き、出発から到着までに通過した四国、西日本、東日本、東北など各エリアで計測した線量値に大きな差は見られず、
福島第一原発に近ければ近いほど線量が高いというわけではないようであった。
とはいっても、なかには一年間に浴びても健康に害が及ばないとされる一ミリシーベルト(国際基準)を超え得る数値が検出される場所も多々あり、海陽町ですらそれに近い数値が検出されている。
現在国内には57基の原子力発電所が存在するが、
これは、決して広くはない国土、地震大国と呼ばれるほどの地震発生率の高さ、
などから考えると、
国内のどこにいても常に放射能の危険にさらされていることを意味すると言える。
今回の原発事故が起きた福島をはじめとする東北東日本だけでなく、
日本全国各地で暮らす国民一人一人がこの問題を真摯に受け止め、少しでも真実に近い事実を知り、それを解決する方法を生み出す努力をしなければならない。
海陽町においても、遠く離れた対岸の火、他人事ではない事を周知していく活動を起こしていかなければならないと感じた。
後編に続く・・・