何か始めたい。
でも、なぜか動けない。
そんなとき、私たちはつい、
「もっと本気にならなきゃ」
「もっとちゃんと考えなきゃ」
と思ってしまいがちです。
やりたいことがあるなら、
すぐ動けるはず。
言いたいことがあるなら、
すぐ言葉にできるはず。
そう思って、
動けない自分を責めてしまうこともあるかもしれません。
でも私は、
そういうときに必要なのは、
根性や気合いだけではないと思っています。
何か始めたいのに動けない。
その背景には、
想いが足りないのではなく、
まだ安心して自分の内側に触れられる状態になっていない
ということもあるからです。
やりたいことがないわけじゃない。
本当は気になっていることもある。
こうなれたらいいな、と思っている未来もある。
でも、いざそれを言葉にしようとすると止まってしまう。
何から話せばいいのかわからない。
うまくまとまらない。
人に伝えようとすると、急に違う気がしてくる。
そうすると、
「やっぱり私には何もないのかな」
と思ってしまう。
でもそれは、
想いがないからではありません。
むしろ、
想いがあるからこそ、
簡単には言葉にできないこともあるのだと思います。
大切なことほど、
すぐにきれいにまとまらない。
本当にやりたいことほど、
雑に扱いたくなくて、
言葉にするのが難しくなる。
そんなことは、
とても自然なことだと思うのです。
そしてもうひとつ、
私がとても大事だと感じているのが、
場の空気です。
人は、安心できない場所では、
思っている以上に体が緊張します。
肩に力が入る。
呼吸が浅くなる。
顔がこわばる。
お腹の奥が固くなる。
そういう状態では、
頭では考えていても、
本音までたどり着きにくいことがあります。
ちゃんとしなきゃ。
うまく話さなきゃ。
変なことを言っちゃいけない。
そんな思いが強いほど、
言葉は出にくくなります。
だから私は、
人が本当に言葉を見つけていくためには、
まず安心できる空気が必要だと思っています。
急かされないこと。
否定されないこと。
途中で止まっても大丈夫だと思えること。
うまく言えなくても、
そのままでいていいと思えること。
そういう空気があると、
少しずつ体がゆるんでいきます。
呼吸が深くなる。
肩の力が抜ける。
表情がやわらかくなる。
すると、それまで動かなかったものが、
ふっと動き出すことがあります。
実際に、
私が関わってきた場でも、
最初はほとんど話せなかった方が、
安心できる空気の中で少しずつ呼吸をして、
体がゆるんできたときに、
涙が出たことがありました。
そしてそのあと、
ぽつり、ぽつりと、
言葉が出てきたのです。
「本当は、こうしたかった」
「本当は、ずっと苦しかった」
「でも、やってみたい気持ちもあった」
私はその瞬間に、
何度も立ち会ってきました。
それは、
こちらが正解を渡したからではありません。
うまく話せるように、
頭で整理させたからでもありません。
ただ、
その人が少し安心して、
体がゆるんで、
自分の本音に触れられる状態になったとき、
その人の中に、もともとあったものが
外に出てきたのだと思います。
だから私は、
言語化は頭だけの作業ではない
と思っています。
言葉にするには、
考える力も必要です。
整理する力も必要です。
でもそれだけでは足りないことがある。
呼吸。
体の緊張。
その場の空気。
安心できる関係性。
そういうものが整ってはじめて、
言葉が育っていくこともある。
私は、そう感じています。
だからこれから私がやっていきたいのも、
ただ話を整理することだけではありません。
何をしたいのか。
どう生きたいのか。
何を表現したいのか。
それを、
頭の中だけで無理にまとめるのではなく、
身体・場・言葉を一緒に見ながら、
その人の中にあるものを少しずつ形にしていくこと。
そこに、私は関わっていきたいと思っています。
何か始めたい。
でも、まだうまく言えない。
動きたい。
でも、なぜか止まってしまう。
そんな方ほど、
本当はもう、
内側に大切なものを持っているのかもしれません。
足りないのは、
気合いではなく、
安心してそれに触れられる時間なのかもしれない。
私はそう思っています。
これから、
そういう方のための言語化ワークや、
個別のセッションも少しずつ形にしていきますね。
今日も
happyで弥栄な1日を❤️
「言いたいことはあるのに、うまく言えないんです」
これまで、そんな言葉をたくさん聞いてきました。
やりたいことはある。
気持ちもある。
でも、それを言葉にしようとすると止まってしまう。
頭の中ではいろいろ動いているのに、
いざ話そうとすると、まとまらない。
伝えたいのに、伝わる形にならない。
そのことで、自信をなくしてしまう人も少なくありません。
でも私は、
そういう人に会うたびに思うのです。
言葉にできない人ほど、
ほんとうはたくさん感じているのだと。
何もないから言えないのではなく、
むしろ内側にあるものが多いからこそ、
簡単に一言にできないことがある。
感じていることが深い。
考えていることが多い。
人のことも、自分のことも、敏感に受け取っている。
だから、すぐに整理できないのです。
私はそれを、弱さだとは思いません。
むしろ、とても大切な感性だと思っています。
ただ、そのままだと苦しいこともあります。
やりたいことがあるのに前に出られない。
伝えたいことがあるのに、人に伝わらない。
想いがあるのに、仕事にならない。
それは、能力がないからではなくて、
言葉にする通り道がまだ整っていないだけなのかもしれません。
言葉が出ない理由は、ひとつではありません。
気持ちが多すぎて、どこから話せばいいかわからない人もいます。
ちゃんと話そうとして、
頭の中で何度も組み立てているうちに、
かえって言えなくなってしまう人もいます。
過去にうまく伝わらなかった経験があって、
また誤解されるのが怖くなっている人もいます。
そして意外と多いのが、
身体が緊張していることで、
言葉まで止まってしまっている場合です。
呼吸が浅くなっている。
肩や胸に力が入っている。
お腹の奥が固くなっている。
そうすると、思っている以上に
言葉は出にくくなります。
だから私は、
言語化は頭だけでやるものではないと思っています。
身体がゆるむこと。
安心できる場があること。
急かされずに、少しずつ話せること。
そういう条件がそろうと、
人は驚くほど言葉が出やすくなることがあります。
実際に、私のワークの中でも、
最初は「うまく話せません」と言っていた人が、
呼吸をして、少し身体を動かして、
安心できる空気の中にいるうちに、
ぽつりぽつりと話し始めることがあります。
そしてそのうちに、
「あ、私ほんとうはこう思っていたんです」
という言葉が出てくる。
私はその瞬間が、とても好きです。
最初から上手に話せる必要はありません。
きれいにまとめられなくてもいい。
最初は断片でもいい。
つながっていなくてもいい。
大事なのは、
その人の中にあるものを、
なかったことにしないことだと思うのです。
言葉にできない、ということは、
何もないということではありません。
まだ形になっていない、
でも確かにそこにある、ということです。
そして、言葉にする力は
持って生まれた才能だけで決まるものでもないと思っています。
整えることで育っていくもの。
練習できるもの。
安心できる場の中で、少しずつ開いていくもの。
私はそう感じています。
だからもし今、
言いたいことがあるのにうまく言えない、と感じている人がいたら、
あまり自分を責めなくていいと思います。
あなたの中に何もないのではなく、
むしろ大切なものがたくさんあるのかもしれません。
それを急いで上手な言葉にしなくてもいい。
でも、少しずつでも外に出していけたら、
きっと生き方は変わっていきます。
想いは、言葉になることで輪郭を持ちます。
言葉になることで、人に届きます。
人に届くことで、現実が動き出します。
だから私は、
身体、言葉、場づくりを通して、
その人の中にあるものが
少しずつ外に出てくる流れに関わっていきたいと思っています。
言葉にできない人ほど、
ほんとうはたくさん感じている。
私は、そのことを忘れずにいたいし、
そういう人たちの力を、
ちゃんと形にしていく手伝いをしていきたいと思っています。
今日も、
happyで弥栄な1日を❤️
最近、私は自分の仕事を表す言葉として
「人生の演出家」という言葉を使っていきたいと思うようになりました。
まだ少し珍しい言い方かもしれません。
でも今の私にとっては、
いちばんしっくりくる言葉でもあります。
私は今、ヨガとダンスを主軸に活動しています。
身体を整えること。
呼吸を通して、自分の内側に戻ること。
音に乗って、自分の感情やエネルギーを表現すること。
そういうことに長く関わってきました。
でも続けていく中で、
ずっと感じていたことがありました。
それは、
人は身体だけ整っても、
まだ前に出られないことがあるということです。
逆に、
気持ちはあるのに、それを言葉にできないことで、
動けなくなってしまうこともある。
やりたいことがないわけではない。
想いがないわけでもない。
むしろ、たくさん感じている。
でも、それがまとまらない。
うまく伝えられない。
形にできない。
だから仕事にもつながらない。
そんな人を、私はたくさん見てきました。
そしてきっと、
私自身もずっとそういう部分を通ってきたのだと思います。
ヨガやダンスは、
ただ身体を動かすためのものではありません。
呼吸が変わると、感覚が変わる。
感覚が変わると、見えるものが変わる。
見えるものが変わると、言葉も変わる。
身体は、思っている以上に
その人の生き方や表現とつながっています。
私は現場の中で、
身体がゆるんだとたんに、急に言葉が出てくる人を何人も見てきました。
今まで言えなかったこと。
自分でも気づいていなかった本音。
ほんとうはやりたかったこと。
それが、ふっと出てくる瞬間があります。
私はそういう瞬間に、何度も立ち会ってきました。
だからこそ思うのです。
人が変わるときに必要なのは、
気合いや根性だけではない。
その人の中にあるものが、
自然に立ち上がってくるための
身体、言葉、空気、流れ。
そういう“演出”が必要なのだと。
ここでいう演出は、
誰かを派手に見せることではありません。
本来のその人らしさが、
ちゃんと伝わる形になること。
自分の中にある想いが、
言葉になり、表情になり、立ち姿になり、
仕事や活動として見えてくること。
私はそれを手伝いたいのだと思います。
これから私がやっていきたいのは、
ヨガやダンスだけではありません。
もちろん、身体から整えることはこれからも大切にしていきます。
でもそれに加えて、
やりたいことを言語化して、現実にしていくサポートや、
人前で表現できる技術、
プレゼンの力、
伝わる話し方、
自分の魅力が届く見せ方。
そういうことも、
もっと仕事として育てていきたいと思っています。
生き方そのものを表現し、
それを仕事につなげていく。
私はそこに、すごく大きな可能性を感じています。
自分らしく生きたい。
でも、どうしたらいいかわからない。
やりたいことはある。
でも、言葉にできない。
まとめられない。
人にうまく伝えられない。
そんな人が、
自分の中にあるものを見つけて、言葉にして、
少しずつ前に出ていけるようになる。
その流れに関わることが、
今の私が本当にやりたいことなのだと思います。
だから私は、
自分の仕事を「人生の演出家」と呼んでみようと思いました。
まだこれから育てていく言葉です。
でも、だからこそ丁寧に育てたい。
このブログでも、
身体のこと、表現のこと、
言葉のこと、場づくりのこと、
そして、自分らしく生きることについて、
少しずつ書いていきたいと思います。
誰かの人生を変える、なんて大きなことは言えないけれど、
その人の中にすでにあるものが
ちゃんと立ち上がってくるきっかけには、
なれるかもしれない。
そんな思いで、
私はこれからこの言葉を使っていこうと思っています。
今日も、
happyで弥栄な1日を❤️
ブログの更新が止まっていました。
長い間、書けずにいましたが、
今、またここから言葉にしていこうと思います。
この時間は、
ただ忙しくて書けなかった、
というものではありませんでした。
母が事故で植物状態になり、
私自身の死生観が大きく変わりました。
そして、自分自身も病気になり、
いろいろな迷いや揺れの中にいました。
これまで当たり前のように思っていたことが、
当たり前ではないのだと、
何度も突きつけられるような時間でした。
生きること。
身体のこと。
時間のこと。
人との関わり。
そして、
「私はどう生きたいのか」ということ。
いろんなことが、
一度ばらばらになったような感覚がありました。
書こうとしても、
うまく言葉にできませんでした。
何を書けばいいのか。
何を言葉にするのが本当なのか。
自分でもわからなくなっていたのだと思います。
でも、その間も、
私はただ止まっていたわけではありませんでした。
現場に立ち、
人と関わり、
身体と向き合い、
表現に触れ、
場をつくる中で、
少しずつ、自分にとって本当に大切なものが見えてきました。
そして母が亡くなり、
一周忌を経て、
ようやく自分の中で、ひとつの区切りがつきました。
悲しみが消えたわけではありません。
迷いがなくなったわけでもありません。
でも、それでも私は、
ここからまた、自分の人生を生きていこうと決めました。
そして同時に、
これから自分がやっていきたいことも、
以前よりはっきり見えてきました。
私はこれから、
**「人生の演出家」**としての仕事を育てていきたいと思っています。
演出といっても、
誰かの人生を派手に飾ることではありません。
その人がその人らしくいられるように。
言えなかったことを言葉にできるように。
出せなかった自分を、少しずつ出していけるように。
身体や言葉や場を通して、
その人の中にあるものが、
自然に立ち上がってくる。
そんな時間や空間に、
関わっていきたいと思っています。
自分を出せない人。
何かを感じているのに、うまく言葉にできない人。
本当はもっと自分らしく生きたいのに、
どうしたらいいかわからない人。
そんな人にとって、
少し呼吸がしやすくなるような、
少し自分を信じやすくなるような、
そんな関わり方をしていきたい。
たぶん私は、
この止まっていた時間があったからこそ、
やっとここに辿り着けたのだと思います。
これからこのブログでは、
人生のこと。
表現のこと。
身体のこと。
場づくりのこと。
そして、
自分らしく生きることについて。
あらためて、丁寧に書いていきたいと思います。
前のように、
ただ思いつきを綴るだけではなく、
今の私が本当に届けたいことを、
ちゃんと言葉にしていきたいです。
もしこの文章を読んで、
少しでも何かを感じてくださった方がいたら、
これからまた、ここでつながっていただけたらうれしいです。
また、ここから。
どうぞよろしくお願いいたします。




















