中学校の先生になりたいと思ってから、早数年。中学高校をその気持ちのまま過ごし、現在は教育大学の3回生として、その夢を目前に控えている。

夢が叶うまであと何年、あと何年と指折り数えてきたのだが、学校教育に関する学びが深まるにつれ、「はたして自分に務まるのか」という不安に駆られ始めた。

学校現場ではいじめ、学力格差、問題のある家庭へのサポート、部活動の指導、子どもの貧困…挙げるとキリがないほど多様かつ複雑な課題が山積みである。

目の前の生徒を支えることができるのだろうか。私にできることがあるのだろうか。
と自問しながら、それでも教員という職に憧れる日々である。

(もちろん教授機能としての学校においても、世間で言うところの学力低下や学力の質の問題など、学力に関する課題は存在している。しかしながら、この教授機能における課題は、時代によって求められる学力が異なるために生じる課題が多く、世界の動向を反映した学習指導要領の臨機応変な改定、それに即した柔軟な指導の改良を教員が行うことが必要であると考えている。またそれが本来教員の職務であるだろう。※学力の定義については省略)

私自身いわゆるゆとり世代と呼ばれる世代であり、この負のイメージを背負った新米教師というものが保護者世代にはどう映るのか、といったことも実は悩ましい。

そんな私が自問に対して自分なりの答えを導いくことができるのか、どう考えなぜそう思うのか、自分のためにここに記していきたいと思う。

ゆとり最終世代が子どもたちにできること、できないこと、自分の甘えや無知を記録し、今後の糧にしていきたい。

基本的には教育に関する時事問題に対して、自分なりの考えや、大学の学びで思ったことなどを残したいと考えている。