うちには、天使がいます。137.再発 その2 | うちには、天使がいます。

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ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。

 


・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


(「126.再発」からの続き)
ゆかさんに続いて診察室に入ると、葛西先生はこちらを向いてすわっていて、
軽く挨拶をかわしました。
やまねこはゆかさんと並んで座り、先生はゆっくりと口を開きました。
「(ゆかさんに)もういちど聞くのもあれかと思いますが」と言いながら、
CTの写真を見ながら説明してくれました。
「肝臓の表面、5月に撮影したときはとてもきれいだったのですが、
少し荒れています。ぼんやりというか、ざらざらしたかんじになっているのがわかりますでしょうか。
腸の表面も、こういう言葉はどうかと思うのですが、5月に比べるときれいではないというか、
はっきりしたものが見えるわけではなく、そこが難しいところだったのですが。
あと、膣に2cmくらいの塊があります。腸の一部が見えているのかもしれないですが、
そこまではわかりません。
はっきりとした診断をするには、PET-CTを撮ってみるという方法もありますが、
そこまでするまでもなく、症状もある。腹水。それから食欲不振。足に血栓もできている。
腫瘍マーカーにも上昇がみられる。
総合的に見て、再発していると判断するのが妥当かということになりました」
判断するまでには、婦人科の先生たちにその他の科のゆかさんを担当している先生方も交えて、
相当の話し合いがなされたようでした。

「がん性腹膜炎として再発すると、残念ですがもう治ることはありません。
今までが『がんを治す』ための治療だったとすると、これからは、
『がんとともに生きていく』ための治療になります」
先生はやさしい言葉を選んで説明してくれました。
「今後の治療については、この場合ふたつの選択肢が考えられます。
DC療法とGC療法です。
前回の治療(TC療法)が効果があったかどうかの判断は、半年なんですね。
半年の間に再発がなかったかどうか。
なかったとしたら、それは半年間抑え込むことができた。つまり効果があったということで、
ゆかさんの場合は効果があった場合に該当します。
つまり同じようにプラチナ系の抗がん剤で治療していくことが可能です。
DC療法とGC療法には、どちらもメリットデメリットがありまして、
DCのメリットは、前回のTCと同系統の薬(ドセタキセル、カルボプラチン)であるということ。
確実な効果が期待できます。
あと3週間にいちどの入院でいいこと。
GC(ジェムシタビン、カルボプラチン)のメリットは、ジェムシタビンのほうはほとんど副作用がないので、
聴覚過敏のこともあるので、耳鼻科の中野先生はこちらのほうがいいのではないかと言っていました。
ゆかさんは迷ってしまって、「どっちがいいかな」とやまねこに訊きました。
もういちどそれぞれの薬の効果や副作用について詳しく聞いて、
やまねこは「GCのほうがいいんじゃないかな」と言いました。
「パクリタキセルの副作用ひどかったものね。耳のことも、手足のしびれも」
「うん。あの思いはもうしたくないです」
ゆかさんも最終的にGC療法で承諾しました。

先生「それから、いつから始めるかですが、年明けからということもできます。
それとも、年内にいちど行うか」
考えているうちに、葛西先生は病棟での診察が入っていちど中座しました。
3週間サイクルで、これからどうしていくのがよいのかふたりで考えます。
「年内に始めるのがいいんじゃないかな。そのほうが安心してお正月休める気がする」
「うん、そうね」ゆかさんも賛成してくれました。
そしてふう、と大きく息をついて、
「温泉行きたい」と言いました。「おかあさんと3人で」
「うん、行こう。式もあげよう」

先生が戻ってきて、年内に治療を開始したい旨を伝え、
次週の月曜日から1回目の抗がん剤治療、ということに決めました。
そのあと看護師さんから長い説明があり、副作用についても注意がありました。
承諾書にサインして、婦人科を出たときには、もう17時近くになっていました。
ほとんど人影もなくなった外来を通って、
タクシーに乗り、帰途につきました。
ゆかさんはぼんやりとした口調で「わたし再発したんだよね」と言いました。
「再発て聞いたとき、実はすごく泣いちゃったの。覚悟はしてたはずなのに」

実家でタクシーを降り、
そこからやまねこはうちまで歩いて帰って、再び車でゆかさんを迎えに戻ります。
そのあいだにゆかさんは入院用の荷物をまとめながら、
母にも今日の経緯を説明していました。


ふたりでうちに帰り、
ゆかさんはさすがに疲れたようで、どたりとソファーベッドに倒れて横になりましたが、
ふいに起き上がって、こう言いました。
「よし!前向きに考えよう。やりたいことやっていこう」
「うん。まだ先は長いよ」と答えると、
「先のことなんて考えられない。今日とあしたのことだけ考えてやっていくよ」
とゆかさんは答えました。
やまねこの言葉が配慮に欠けていたな、と思いました。
ゆかさんの覚悟は、それはそれでいいのだと思いました。

それでも、ゆかさんが洗面所で体を拭いているとき、
ずっと鼻をすする音が聞こえて、泣いているのがわかりました。

今日から、新たな戦いの始まりなのです。
しかもそれは、完全な勝利というもののない戦いなのです。





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8月6日のLIVEも無事終わり、次は来週末、8月20日です。

2023.8.20(Sun.)
at 銀座・月夜の仔猫」→
OPEN18:10/START18:30/CHARGE\3.000+1D
☆やまねこの出演は5組中3組め、19:45からの予定です。
 今回は動画配信はありません。

お会いできますように。