私がバイトから帰ると、父さんはキッチンでコンロに向かっていた。

 テーブルの上にはすでに仕上がった麻婆豆腐やもやしのみそ炒めなどがタッパーに詰められて置かれていた。

 私はご飯を炊飯ジャーからよそい、テーブルの反対側にそれとは別に用意されていたおかずを食べながら、父さんとその日あったことなんかを話す。父さんは相槌を打ったり、何か質問をしたりしながらも手際よく焼きそばを仕上げていく。

 

 父さんは私たちのご飯を作っているわけではない。

 

 よく「洗車をした次の日に雨が降る」という話を聞くけれど、最近の父さんは「布団を干している途中に雨が降り始める」レベルでツイていない。

 

 まず一昨年の春に母さんが出て行った。簡単に言えば母さんは駆け落ちをした。父さんは小さな税理士事務所を開業しているのだけれど、駆け落ちの相手はそのスタッフの一人だ。母さんの高校時代の同級生、かつ父さんの事務所の大口の顧客のドラ息子で、親の援助を受けて何かしらの事業を起こしては失敗している人物だった。

 「ちゃらちゃらしていけ好かないやつ」というのが、私が彼に抱いた第一印象だったのだけれど、母さんは高校時代、密かに彼に思いを寄せていたらしい。

 

 「子会社の一つの経理部に配属するための勉強をさせたい」という顧客の社長の頼みを父さんは断れず、契約社員として事務所に入れたらしいのだけれど、決算の時期に父さんが忙しくしている隙をついて母さんは自分の持ち物をこっそりと整理し、相手が暮らしているマンション(もちろん彼の父親の所有しているもの)へと駆け込んだ。

 

 これについては私にも大いに関わりがあることなので、また別の機会に話す。

 

 そしてもう1つの災難は、去年のお正月休みも明けきらない、1月3日に近くの総合病院からかかってきた1本の電話から始まった。