「簡単に状況を説明していただけますか?」

 ファーストフード店で隣の席に座った男女が会話を始めた。男女とも40代に見えるけれど、会話の始まり方は夫婦や恋人といったものではなさそうだった。

 「状況と言いますと?」

 「そうですね。お子さんが学校に行けなくなりつつある状況でしょうか、それとも完全に行けなくなってしまった感じですか?」

 「5月の半ばくらいから完全に行けなくなってしまいました」

 「なるほど、学校の対応はどんな感じですか?」

 「まずは様子を見ましょうといった感じです。プリントなどはこまめに届けていただいています」

 「そうなんですね。それでお母様としては様子を見るだけではなくて、何かできることをしておきたいといった感じですか?」

 「ええ、ご存知の通り、中学2年のときにも不登校の状態でしたので、私としてはできるだけ長引かせたくないんです」

 「わかりました。一般的なことしか言えないんですが、例えばお子さんの気持ちを少しずつ探っていくというのはどうでしょう?」

 「気持ちと言いますと?」

 「今の学校を続けたいという気持ちが強いのか、それとも精神的、肉体的に続けていくのが難しいと思っているのかといったことです。もしそれがある程度わかれば、それをもとに学校に提案をしたりということができるかもしれないですね」

 「どのようなことですか?」

 「もしも学校を続けたいという気持ちのほうが強いようでしたら、可能かどうかは分かりませんが、中学校のときのように保健室登校といった形ができないかといったことを学校に提案することも出来るかと思います」

 そこまで話すと男性はコーヒーを一口すすり、また話を続けた。

 「もしも学校を続けていくのが難しいということであれば、一番可能性の高い選択肢としては、通信制の高校に転校という形になると思います。最近は非常に多いケースですので、ひょっとしたら今通われている高校と提携している通信制の高校があれば紹介してもらえるかもしれません。ただし、私立の通信制高校の中には学費が高額になるところもありますので、今のうちに調べておかれてはどうでしょう。公立の通信制の高校に相談をされてみてもよいと思います。」

 男性は穏やかな声でひとことひとこと丁寧に話していた。まったく関係のない僕でさえ、この人に任せておけば大丈夫だと思えるような安心感があり、いつの間にか僕は彼の話に聞き入っていた。

 「もしもいずれの方法も難しい、学校を辞めるということになると、来年3月にもう一度高校を受験し直すか、コウニンという方法になるかと思います」

 「コウニンといいますと?」

 「高校認定の略です。昔の大検ですね。ただ気を付けておかなければならないのは、高認は高校卒業とは似て非なるものだということです。高認はあくまで進学をするためのもの、つまり大学なり短大なり専門学校なりに進学をするための資格になります。例えば高認に合格した後で短大に進学して卒業すれば、履歴書は短大卒と書くことになりますが、高認をとっただけでは中卒のままです。仕事を探すとき、『高卒以上』と募集要項にあれば、落とされる可能性もあります」

 男性はこの後も母親の質問に親身になって考えながら丁寧に答え、「また何かあればお気軽にご相談ください」と会話を締めくくった。

 僕は男性の話を聞きながら、スーのことを考えていた。もちろんあの頃の自分に今の男性と同じような経験や知識を求めることはできるはずがない。それでも今の男性とあの頃の僕との間には何か決定的な差が感じられた。

 しばらく考えてひとつ思い当たった。

 

 たぶん僕はスーのために自分が出来ることをしていたのではなくて、僕がスーにしてあげたいことのなかで自分が出来ることを探していたんだ。