1999年2月8日

 僕はその日、どんな風に会社で過ごしたかはほとんど覚えていない。何の変哲もない1日だったはずだ。記憶に残っているのは、朝刊にスーと映画に行ったスーパーで物産展が行われているというチラシが入っており、梅しそひじきをおかゆに入れたらスーが喜ぶだろうと思って1つ前の駅で電車を降りたあたりからだ。スーは僕が買ってくる料理の雑誌に載っている日本各地の名所や特産品を特集するコーナーが好きで、あれこれ僕に質問をするようになっていた。

 閉店直前のスーパーで梅しそひじきを買い、近くの牛丼屋で大盛をテイクアウトして急ぎ足で部屋へと戻った。

 いつもと同じくアパートの前で立ち止まり、部屋の電気が消えていることを確認した後、集合ポストから郵便物をとって階段を上がった。

 部屋のドアを開けると、真っ暗な部屋に敷かれた白い布団がぼんやりと見えた。僕はいつものように「ただいま」と日本語で言い、部屋の灯かりをつけた。きちんと整えられた布団の上にスーの姿はなかった。

 パニックになりかけたとき、こたつの上にある手紙が僕の目に入った。

 

 親愛なるタカシヘ

 あなたが私にしてくれたことに対して、私はどのようにお礼を言うべきかわかりません。もしもあなたがいなければ、私はあの日、死んでしまっていたでしょう。

 あなたが私に与えてくれた喜びを私は言い表すことができません。この2年間は私の人生の中で最も幸せな日々でした。私はそう確信しています。

 以前あなたに話したように、私の母は今の私と同じように高い熱を出し、そして次に母を看病していた父が同じ病気にかかり、私の見ている前で、二人は死んでいきました。

 私はあなたが昨日咳をしているのを見て、私は自分のためにあなたが同じ病気にかかることを妨げなければならないと思いました。

 あなたが帰宅する時、私はすでにここにいないでしょう。でも私を探そうとしないでください。私は大丈夫です。

 そして私はあなたに約束します。私は必ずここに戻ってきます。あなたは私にしてくれた約束をすべて守ってくれました。だから何が起こったとしても、私もこの約束を守るつもりです。そうすればあなたは私にしてくれた最新の約束を守ることができます。あなたは私に北海道の美しい写真を見せて、「あなたをここに連れていきます」と言ってくれました。雲の海の中に浮かぶテラスはとても美しいです。私は何度もそこにいる自分を想像しました。

 私はあなたと実際にそこに行く日を楽しみにしています。

 必ず戻ってきます。また会いましょう。

                                        愛をこめて スー

 

 僕は手紙を読むと、部屋の鍵もかけず外に飛び出した。当然のことながらスーの姿はどこにもなかった。しばらくあてもなくアパートの周りを走り回った後、以前スーのために用意しておいた5万円がなくなっていることを祈りながら部屋へと戻った。スーの小物入れの中に財布はそのまま入っており、お金もテレホンカードも残されていた。僕は朝までスーが横になっていた布団に膝から崩れ落ち、それから大きな声を出して泣いた。