ポカリスエットのペットボトルを3本、額に貼る熱を下げるシート、それから栄養ドリンクが5本入った袋を抱えて急いで部屋に戻りながら、僕はこれからどうすべきかを必死で考えていた。

 僕は勉強もできるわけではなく、運動神経も悪かったが、小さなころからあまり大きな病気にかかったことはなかった。もちろん幼い頃にはしかになったり、高校生の頃に学校で大流行したインフルエンザをもらってきたことはあったけれど、それ以外で熱を出して学校を休んだといった記憶はほとんどない。

 社会人になってからも健康診断のために指定された診療所に行った以外、病院にかかったことはなかったと思う。毎年新しい保険証を手渡されるたびに何も考えずに財布の中に機械的にしまい込んでいたので、スーと暮らすようになってからも特に深く考えたことはなかった。

 スーと同じように日本に連れてこられた人たちが病気になったとき、どこでどんな風に治療を受けさせてもらえるのかはもちろんわからなかった。たとえそれを知っていたとしても、逃げ出してきたスーを連れていくことができるわけはないのだけれど。

 以前、保険証を忘れた場合は一時的にお金を支払っておいて後から返金してもらうといった話を聞いたことはあった。お金だけは充分にあるので保険証を忘れたことにして病院に連れていくことはできる。しかし問題はそこではない。日本語を話せないスーを病院に連れていって保険証を忘れたと言ったら、医師は間違いなく怪しむだろうし、通報される可能性も否定できない。そもそもスーは合法的に日本に滞在しているかどうか怪しいのだ。

 僕が部屋に戻るとスーはうっすらと目を開けてこちらを見た。僕は努めて平静に「ただのインフルエンザのようです」と言い、「もしあなたが水をたくさん飲み、ゆっくり休めばあなたは1、2週間でよくなるでしょうと薬局で教えてもらいました」と付け加えた。

 スーを安心させるため、僕が「あなたは病院に行く必要はないと思います」と言おうとすると、スーは「病院」という言葉に反応していやいやをするように身体を激しく振った。

 僕は病院に行かなくても大丈夫だということを伝えてスーを落ち着かせ、彼女の額にシートを貼った。それからグラスにポカリスエットを注いでストローを射し、彼女に飲ませた。

 「気持ちいいですか?」と僕が額を指さすと、スーはこくりと頷いた。

 僕はスーの枕元にスーのシャツやトレーナーを置き、「あなたはこれからたくさん汗をかくでしょう。もし服が濡れたら、あなたは着替える必要があります。あなたは自分で着替えることができますか?」と僕が尋ねると、スーはまた頷いた。

 スーが着替えている間、僕は少しでも布団が濡れないようバスタオルを敷き、枕をタオルでくるんだ。スーの脱いだシャツやトレーナーを洗濯機の中に入れて部屋に戻ると、「あなたは夕食を食べなければなりません」とスーが小さな声で言った。

 「あなたはまず自分の身体のことを心配するべきです」と僕は答え、「私は冷蔵庫の中のものを食べることができますし、何か食べるためのものを買ってくることも出来ます」と付け加えた。

 栄養ドリンクをストローを使って飲ませながら、僕が「あなたがもう少し元気になったら、私はうどん、つまり一種のジャパニーズ・ヌードルを作ります。残念ながらあなたが作る料理ほど美味しくありませんが、あなたは我慢しなければなりません。もしあなたが私が作ったうどんを食べたら、私の作る食事を食べなくてもよいように、早く元気になりたいと思うでしょう」とスーに言うと、スーは弱々しく笑い、それから目を閉じた。

 洗濯機が回る音を聞きながら、僕はスーが固いカボチャを切ったりするとき、スーが指を切ったりしないよう、気を付けていたのだろうということに初めて気づいた。なにも考えずにただ彼女が作ってくれた料理を何も考えずに食べていた自分が情けなかった。

 その夜、スーはときどき目を覚まし、そのたびに僕が食事をしたかを尋ねた。