スーが僕の部屋にやって来て2回目の正月が過ぎた。正月休みの間、僕はスーの作ってくれたお雑煮をほぼ毎食食べ、スーをあきれさせた。

 本当はスーは毎月買っている料理雑誌で特集されていたお節料理に挑戦したいと言っていたのだけれど、子供のころからあまりお節が好きではなかった僕は彼女と話し合い、お雑煮を作ってもらうことでスーも妥協した。

 「私だけではなく、日本の若者のほとんどはお節料理が好きではありません」と僕は彼女に言った。「しかし若者の多くはお雑煮は好きなのです」

 スーは僕の顔をしばらくの間訝しげに見ていたが、雑誌のお雑煮の特集を真剣な顔をしてチェックし始めた。

 「この3日間であなたは太ったように思えます。私はお節料理を作るべきでした」とスーは笑った。

 スーは料理雑誌を通じて日本の文化に興味を持ったようで、1月7日には七草粥を作り、節分には恵方巻を作るつもりで張り切っていた。

 節分が近づいてきた1月の終わり、いつものように広告の裏に書かれたメモを見ながらスーパーで買い物をして部屋に戻ると、必ず玄関で出迎えてくれるスーの姿がなかった。

 僕が急いで部屋の明かりをつけると、スーは真っ赤な顔をして布団に横になっていた。僕が慌てて彼女の額に手を当てると、ものすごい熱だった。僕が帰ってきたことに気づいて起き上がろうとするスーを制し、僕はタオルを水で濡らしてスーの額に当てた。

 「ごめんなさい。少し気分が悪くて寝ていました。今から食事の準備をします」というスーに「あなたは熱があります。休まなければなりません」と僕は言い、「これから薬を買いに行きます。決して動いてはいけません。いいですか?」と念を押した。スーは弱々しく頷き、目を閉じた。

 僕は急いでドラッグストアまで走り、とりあえず解熱剤と風邪薬を買い物かごに入れた。他に何を買うべきか自分ではわからなかったので話を聞くために店員を探した。普段であれば人と話すことが苦手な僕は、買い物に出かけても店員に商品の場所を聞くことも出来るだけ避け、時間がかかっても自分で商品を探すのだけれど、その日はそんなことを言っている場合ではなかった。

 よほど慌てていたのだろう、僕は「私の友人が熱を出しています。何を買うべきですか?」と店員に英語で話しかけてしまい、アルバイトの学生と思われる若い店員の困惑した顔を見て自分の失敗に気が付いた。

 事情を話すとその店員は薬剤師を連れてきてくれた。ちょうど勤務時間を終えて帰ろうとしていたところだったようで、若い女性の薬剤師は少し不機嫌そうだったが、真冬だというのに汗だくで切羽詰まった僕の顔を見て丁寧に対応してくれた。

 「それは風邪ではなくインフルエンザかもしれませんね」と彼女は言い、僕の買い物かごの中に入っている風邪薬を指さして、「インフルエンザであれば、通常の風邪薬は効かないですよ」と教えてくれた。

 「しっかりと水分を摂って、病院に連れていってください。点滴を打ってもらったらある程度元気になると思いますよ」と彼女は僕を落ち着かせるように言い、額に貼るシートとポカリスエット、それから必要であればと付け加えて栄養ドリンクも勧めてくれた。

 「ありがとうございます」と僕はお礼を言ったが、頭では全く別のことを考えていた。

 

 スーは病院に行くことができない。