2人で映画館に出かけてから1週間もしないうちに、街の中にクリスマスの雰囲気が醸し出され始めた。ショーウインドウにはきれいにラッピングされた贈り物を模した箱が並べられ、夜になれば至る所にイルミネーションが輝いていた。

 小学校の頃はプレゼントが楽しみでクリスマスを心待ちにしていたけれど、高校生くらいからは一緒に過ごす恋人がいないことに気を遣っていることをありありと感じさせる両親との間に少しばかりぎこちない空気が流れる、僕にとっては気まずいイベントになっていた。

 スーが毎日その日に買うべき食材や僕のシャツなどをチェックしている新聞広告にもクリスマスセールのチラシが目立つようになってきたある日、僕はスーに提案をした。

 「クリスマスが近づいています。クリスマスの日は何か特別なことをしませんか?」

 スーは悲しそうな顔をして、「私は何もあなたに贈り物をあげることができません」と小さな声で言った。

 僕はスーがそんな風に言うのを予想していたので、予め用意していた答えを返した。

 「あなたは私にとてもたくさんのことをしてくれています。あなたが毎日作ってくれている料理をレストランで食べるとしたら、どれくらいのお金が必要かを考えてください。私はあなたにお礼がしたいのです」

 スーはしばらく考えて、「日本人はクリスマスにチキンを食べるのですか?」と尋ねた。

 僕は「日本人はアメリカやヨーロッパの人々のように七面鳥を食べる習慣がありません。そこでフライドチキンのお店がチキンを売るために考え出した習慣だと思います」と答えた。

 「最近、テレビでよくフライドチキンのCMを目にします。もしもあまり高価なものでなければ、私も食べてみたいです」とスーは恥ずかしそうに言った。

 「わかりました」と僕は答え、「あなたはクリスマスイブに料理を作る必要はありません」と彼女に宣言をした。

 次の日、僕はフライドチキンのチェーン店でクリスマス用のチキンのセットを申し込んだ後、クリスマスにはケーキが必要だと思いついた。すぐ近くにあるケーキ屋さんに入り、散々迷った後でショートケーキの予約をした。

 僕はケーキを見たスーの反応が楽しみをいちばんの励みに年末の慌ただしい業務をこなした。

 クリスマスイブの夕方、僕は仕事帰りにフライドチキンやコールスローのサラダ、フライドポテトの入った袋、それからきれいに包装されたクリスマスケーキの箱を抱えて部屋に戻った。ケーキの箱はスーに気づかれないように玄関に置いたままにして、フライドチキンだけをテーブル代わりのこたつの上に置いた。

 蓋を開けると部屋の中にフライドチキンの香りが立ちこめ、スーが小さな声で「メリークリスマス」と言った。僕も「メリークリスマス」と返事をした。スーはくんくんと鼻を鳴らしながら幸せそうにその匂いをしばらく楽しんでいた。

 「冷めないうちに食べましょう」と僕は言い、チキンを手に取ってかぶりついた。お皿を用意しようとするスーに僕は「フライドチキンはこのまま食べるのです」と冗談めかして言った。

 スーはチキンを一つつまみ、おそるおそる端の方を少しかじった後、「とても美味しいです」と満面の笑みで言った。

 「あなたが考えていることを当ててみましょうか?」と僕が言うと、スーはきょとんとした顔をして頷いた。

 「あなたはどうやってこのようなフライドチキンを作るべきかを考えていると思います」と僕が言うと、スーは嬉しそうに「その通りです。なぜあなたは分かったのですか?」と言った。

 フライドチキンを食べ終わると、僕はケーキの箱を玄関から持ってきて、少し芝居がかった調子で箱を開けた。いちごが乗せられた円形のショートケーキを見た瞬間、スーは思わず歓声を上げ、慌てて口を押さえた。そんな彼女を見て、僕は心から幸せな気持ちになった。

 「あなたは満腹かもしれません。しかし日本人の女の子たちはしばしば、ケーキは満腹でも食べることができると言います」と僕は言い、包丁でケーキを切り分けて小さな皿にのせた。

 スーは愛おしそうにフォークでケーキを少しずつ口に運んだ。

 「日本人の女の子たちの言うことは正しいです。デザートの余地は常にあります」とスーは唇の端に生クリームをつけたまま言った。

 「あなたはこのケーキの残りをすべて食べることができます」と僕が言うと、スーは「私を太らせようとしていますね。」と言い、「もしも私たち二人が森の中でライオンに襲われたとしたら、あなたはライオンに『彼女のほうが太って美味しいので、彼女を食べてください』と言うつもりですか」と冗談を付け加えて笑った。

 There is always room for dessert.

 中学校でも高校でも英単語のテストはいつも苦労していたのに、こんな風に覚えたフレーズはいつまでたっても忘れないものなんだな。