窓を開けず、カーテンは閉めておき、部屋の灯かりは極力つけないという約束は冬の間はほとんど問題なかった。しかし、4月の下旬くらいから窓を開けなければ少し暑いと感じるようになり、6月も半ばを過ぎて梅雨に入ると部屋を密閉したままで生活するということはお世辞にも快適とはいえない状態になった。

 以前、どこかで借金取りが電気のメーターが回っているかどうかで在宅かどうか判断するという物語を読んだことがあったので、料理をする際に電熱コンロとシンクの上の灯かりをつけるくらいならともかく、僕がいない時間帯にエアコンをつけたりすることは不安だった。 

僕たちはやむなくカーテンは閉めたまま網戸だけの状態にして、外気をいれることにした。エアコンを使うのは不安だったので扇風機を状況に応じて使い、しっかりと水分をとるよう繰り返し念を押した。僕が買ってきた「お徳用」と書かれた麦茶のティーバックを使い、僕たちは空になった2Lのペットボトルに毎日3本ずつ麦茶を作った。もちろんスーが一人でいるときはこれまで以上に音を外に漏らさないように細心の注意を払うことを改めて約束した。

 毎日、僕が仕事から帰ってくると、スーは冷えた麦茶をグラスに入れて差し出してくれた。汗ばんで火照った身体にスーの用意してくれたお茶はこの上ない癒しだった。

 8月が終わりに差し掛かると朝と夜はかなり涼しい日も少しずつ増えてきた。日中も涼しい風が部屋に吹き込む時間も増えてきた。

 「違う種類のセミが鳴いています」とスーが言った。僕が何の気なしに「つくつくぼーし」と言うと、スーはくすくすと笑った。続いて「みーん、みーん、みーん、みーん」とミンミンゼミの鳴きまねをしてみたけれど、スーはきょとんとしていた。しばらくして別のセミの鳴き声だと気づいたスーが「私はそれは聞いたことがありません」と言った。マンガやイラストでセミの鳴き声といえば、僕にとってはミンミンゼミが定番だったのだけれど、冷静に考えてみると、僕の住んでいる地域ではミンミンゼミの鳴き声はほとんど聞いたことがなかった。そこで「ジー、ジー、ジー、ジー」と僕がアブラゼミの鳴き声を真似ると、スーは大きく頷いた。

 もっと他に覚えておくべきことがあったのかもしれないけれど、こんなとるにたらない会話の数々が、その輝きを失わないまま、繰り返し僕のところに戻ってくる。