スーは僕が仕事に行っている間、音楽を聴いている時間も長いとのことだったので、僕は実家から持ってきたカセットテープを聴きながらMDに録音してもらうという作業を頼むことにした。

 CDを買ったりレンタルすればきれいな音質で手に入れることができるアルバムなどは避け、FM番組からエアチェックしたライブ音源やアーティストのドキュメンタリー風の特集番組をカセットテープの長さによって毎日1~2本ずつ、スーにMDとともに渡した。ひととおり必要なカセットテープのデータをMDに録音し終わると、僕はスーに「あなたはどのような種類の音楽が好きですか?」と尋ねた。

 「どんな種類の音楽でも聴くことは楽しいです」とスーは答え、「あまり音が大きすぎるロック・ミュージックは好きではありませんが」と付け加えた。

 その週末、僕たちはスーが最も好きなジャンルの音楽を見つけるのにかなり長い時間を費やした。スーはクラシック音楽が最も好きで、特にオーケストラの演奏するようなタイプの楽曲が好みのようだった。僕のコレクションの中にクラシック音楽は含まれていなかったので、次の日から僕は毎朝新聞のテレビ、ラジオ欄に目を通し、クラシック音楽を流す番組があれば赤い印をつけることが日課となった。

 僕が仕事から帰ると、スーはよく夕食を食べながらその日聴いた音楽について話をしてくれた。「私はこの番組の時間が来るのがとても楽しみです」と仕事に出る前、僕にトーストとベーコンエッグ、野菜サラダといった朝食を食べさせながら、読むことの出来ない文字で書かれた赤い丸印を指さすこともあった。

 そんなスーに僕は一度、新しいビデオテープとMDを渡して、好きな番組があれば録画することを提案したことがある。スーは首を振って「ありがとう。でも私には必要ありません」と答えた。

 僕は彼女がビデオテープなどの値段を気にしているのかと思い(実際、彼女は僕に何度もお金を払うことができないことを詫び、そのたびに僕はたどたどしい英語で「あなたは気にする必要はありません。私もあなたがしてくれることに感謝しています」と答えていた)、「これらは高価なものではありません」と言うと、スーは「私は番組を聴いてコンサートに行く気分を楽しみます」と答えた。それから「私は音楽を聴くために番組が始まる前に掃除をしたり、料理をしたりすることを終わらせます。みんなコンサートに行くとき、そのために仕事を早く終わらせると思います。私たちはコンサートを録画して後で楽しむことはできません」と説明してくれた。スーは僕が彼女のために借りてきている映画も、映画館に行く気分を少しでも味わおうと、時間を決めて観ているとのことだった。

 最後に「いつか、一緒に本物のコンサートに行けたらいいなと思います」とスーは寂しそうに言い、慌てたように少し笑った。

 今なら「デート コンサート 代替」などと検索をすればいいアイディアが転がっているのかもしれないけれど、当時はまだインターネットはそんなに発達しておらず、デートはおろか、女の子とまともに会話をしたことすらなかった僕には、スーを喜ばせることができるようないいアイディアはすぐに浮かんではこなかった。

 その夜、いつものように二人で夕食を食べ、シャワーを浴びて布団に横になってからも、僕は安らかなスーの寝息を聞きながら、一生懸命何か代わりになることができないかを暗い部屋の中で考えていた。