自分がしていることは何かしらの違法行為にあたるということは分かっていた。当時から観光ビザで入国して不法に働いている(働かされている)人たちのニュースをテレビで見ることもあったし、そういった人たちが暮らしている場所を通報すると報奨金がもらえるという話もどこかで聞いたことがあった。宅急便や宗教団体の勧誘などでインターフォンが鳴るたび、僕の鼓動は早くなった。

 そしてもちろん彼女を日本に連れてきた人たちがここを嗅ぎつけたらという不安も消えることはなかった。僕のアパートから道路を挟んで斜め向かい側にある自動販売機の前でコーヒーを飲んでいる人、タバコを吸っている人を見ると、ひょっとしたら僕たちを監視しているのも知れないと思ったことも何度もある。彼女が逃げ出したため、どのくらいかはわからないけれど金銭的な損害も被っているだろうし、おそらくはお世辞にも平和的とはいえない方法で彼女のことを探していることは予想できた。

 警察に彼女を守ってもらうことはできない。万が一の事態に備えて何らかの準備をしておかなければならなかった。

 彼女をこの部屋に住まわせることに決めてしばらくしてから、僕はずっとどんな準備をすればいいのかを考えていた。

 僕は小さな折り畳み式の財布を買ってきて、1万円札を3枚、5千円札を2枚、千円札を9枚、500円玉を1つと100円玉を4つ、10円玉を10枚、それからテレホンカードを用意した。テーブルの上にそれらを並べる僕を彼女は不思議そうな顔をして見ていた。

 「もしも誰かがあなたを探しに来たり、彼らがあなたがここにいるということを知ったら」と僕はたどたどしい英語で彼女に話しかけた。一瞬で彼女の表情が強張り、視線を下に落とした。

 「あなたは逃げなければならないでしょう。これはそのためのお金です」

 彼女はうつむいたままだった。すっと涙が頬を伝った。

 「このお金を使ってタクシーに乗り、Dホテルに行ってください。そして公衆電話から私の携帯電話に電話をかけてください」 

 彼女は顔を上げた。

 「私はあなたを守りたいです」

 僕は固定電話と携帯番号の番号を紙に書いて彼女に渡した。固定電話にせよ携帯電話にせよ言葉によるメッセージは残さず、プッシュボタンを1,2,3と押して合図とすることを決めた。

 次にスーパーのチラシの中から彼女の外出着を選んだ。スウェットの上下で街を歩くわけにはいかない。僕たちは一緒に派手すぎない色のできるだけありふれた服装を選んだ。Tシャツ、タートルネックのセーター、ダウンジャケットはすぐに決まった。動きやすさという観点からすればジーンズを組み合わせたいところだったけれど、本人がいないことには裾上げができないのでスカートを選択することにした。

 最後に定規で彼女の脚の大きさを計った。