伯父と叔母と会う約束をした土曜日、僕が約束の時間にファミリーレストランに到着すると、すでに伯父と叔母は到着しており、4人掛けの席に向かい合って腰かけていた。伯父だけではなく伯母も同席していた。伯母からは強い敵意が感じられ、叔母のほうには僕に対する不満が見て取れた。伯父は困ったような顔をしていた。僕が来るまでの3人はお世辞にもあまりいい雰囲気だとは言い難かったことがひしひしと伝わってきた。

 「飯は食ったか?」とほっとしたような表情で伯父が尋ねた。

 済ませた、と僕は答えたが、伯父はドリンクバーとともにフライドポテトとウインナーの盛り合わせを注文した。僕がコーラをグラスに注いで戻ってくるまで、3人はほとんど言葉を交わさずに待っていた。

 「さて、由美さん、孝に何か話があるんでしょ?」と伯母が口火を切った。

 「貴史さんや由紀子さんのお耳に入れるほどのことではないんですよ」と由美叔母さんが言い終わらないうちに伯母が口を開いた。

 「保険金が入ったら貸してくれっていう話でしょう?」 

 由美叔母さんは一瞬ひるんだような顔をしたが、「そっちだって隆宏くんの銀行に預けてって話じゃないんですか?」と言い返した。

 伯父伯母夫婦には地元の国立大学を出て地銀に就職した息子がおり、僕の両親も彼のノルマを達成するために別の銀行から預金を移したことがあった。

 「億を超えるお金を孝が預けたら、隆宏くんのポイントも上がるでしょうねえ」

 由美叔母さんはそんな風に棘のある言い方で伯父夫婦との会話を締めくくると、僕に向かって単刀直入に話を始めた。

 由美叔母さんは訥々と自分たちの生活がいかに苦しいか、もしお金を融通してもらえればどれだけを返済に回し、どのように設備投資をするつもりか、そしてどのくらいの収益が出すことができ、いつ頃返済をするつもりかといったことを話した。

 「いや、全部を貸してくれって言ってるわけじゃないんよ」と途中から由美叔母さんは涙声になって言った。「孝くん、うちは今、夜もスナックで働きよるんよ。田舎じゃけん、水商売をしよるって陰口を叩かれて、子供もいじめられとるんよ。必ず、必ず返すけん、お願いだから1,000万円だけ貸してくれん?そしたら今ある借金が全部返せるけん。そうしたらうちは一からやり直せるけん」

 それだけ言うと由美叔母さんは俯いた。涙がテーブルの上に小さな水たまりを作り、隣の席に座っていた大学生らしき3人組が気まずそうに席を立った。

 「1,000万円だけ?」とそれまで黙っていた伯父が言った。

 由美叔母さんは顔を上げた。それから味方になってくれるのかどうかを探っているように伯父の顔を見た。

 「1,000万は、『だけ』っていう金額じゃないんじゃないか?」

 全員が伯父のほうを向いた。

 「由美さん、あんたの生活が苦しいのは聞いとる。孝が受け取る保険金や慰謝料はあんたにとっては千載一遇のチャンスなんじゃろう。確かに孝には億を超えるお金が入ってくる。1,000万をあんたに貸したとしても、一生暮らしていくには十分な額が残る。でもな、あんたはなんか勘違いをしとりゃせんか?あんたのお父さんに『必ず返すから』って約束して、お金を出してもらったろう?その約束はどうなった?」

 伯母が追加攻撃をしようと口を開きかけたが、伯父は目で制し、静かに言葉を続けた。

 「お父さんにお金を返すっていう約束も果たさんうちに、親戚からも借金をしとろう?親戚からの借金は孝の保険金で返すぶんに入っとるんかもしれん。でもお父さんから出してもらったお金はそこには入ってないじゃろう?お父さんとの必ずお金は返すっていう約束を簡単に破るような人が、孝との約束を守れるとは思えんのんじゃが」

 由美叔母さんは再び俯いた。

 「一からやり直すってあんたは言うが、一からやり直すっていうのは借金を借金で返すことじゃないんじゃないかね。

 事業を立て直せんかったらどうする?あんたは破産をするなりなんなりして借金を帳消しにできるかもしれん。でもあんたが破産して踏み倒す借金は銀行が商売として貸したお金じゃない。両親を失った孝がせめてもの代償として受け取るものなんで」

僕はどうしていいのかわからず、ずっと黙っていた。冷たい飲み物と氷が入ったドリンクバーのグラスの表面に汗をかいたように水滴がついていた。