スーの料理が本格的になっていくにつれ、僕の部屋の形ばかりのキッチンで大きな問題になったのは火力だった。お湯を沸かすのは電子ケトルを使えばよかったけれど、何かを煮込んだり、強火で炒める必要があるとき、電子コンロではスーの思うような効果が得られないことが多いようだった。

 「ごめんなさい。もっと柔らかくなるはずだったのだけど」

 「もう少しお肉から味が生まれるはずだったのだけど」

 彼女はこんな風によく言った。僕には十分すぎるくらいの味だったけれど、スーは納得していないことが多かった。「とても美味しいです」と僕が言っても、スーはかえって悲しそうな表情で僕を見るばかりだった。

 ある日、いつものように朝早く起きたスーが新聞のチラシを見ながら僕が仕事帰りに買ってくる食材にペンで丸を付けているとき、僕はチラシの特集にふと目を留めた。寒くなってきたこともあり、そのスーパーのチラシは鍋が特集されており、バランスよく配置された野菜や肉から湯気が立っている鍋の写真の周囲にネギや白菜、それからポン酢やごまだれがレイアウトされていた。

 なんでこんなに簡単なことを思いつかなかったのだろう、僕は仕事帰りの楽しみがひとつ生まれたことを喜ぶと同時に自分の頭の回転の鈍さを恨めしく思った。僕はできるだけ表情を変えないようにしてスーが用意してくれた朝食を食べ、スーツを着て仕事に出かけた。残念なことに僕が精一杯自然さを装った演技はスーにとっては不自然極まりないものだったらしく、ドアのところまで僕を見送ってくれた時までずっと訝しそうな顔でこちらを見ていた。

 その日は仕事が長く感じた。退屈な授業中に何度時計を見ても一向に針が進んでいない学生時代の気分を思い出した。でもそれはあの頃のように行き場のない時間の長さではなく、幸せな空間だった。

僕は就業時間終了とほぼ同時に会社を出て駅へと早足で歩いた。

 スーに頼まれた買い物をスーパーで済ませると、その足で100メートルほど離れた場所にあるホームセンターへと向かった。ホームセンターでカセットコンロと3本セットになったボンベを買い、両手に大荷物を下げてアパートへと帰った。

 スーツを着替えて二人で食事を終えた後、洗い物をしているスーに僕は「今日便利なものを買ってきました」と報告した。

 「何ですか?」というスーの返事を待たず、僕はホームセンターのマークが入った大きな袋から紙箱に入ったカセットコンロを取り出して机の上に置き、ボンベをセットして火をつけた。

 「これを使えば、料理をするとき、あなたは強力な火を使うことができます」と僕が言うと、スーは手を叩いて喜んだ。

 「ありがとう。火事にならないように気をつけて大切に使います」とスーは言った。