仕事のない土曜日や日曜日はたいてい昼前まで寝ているのだけれど、その日は朝7時過ぎに目が覚めた。隣では彼女が穏やかな寝息を立てていた。僕は彼女を起こさないように静かに布団から抜け出し、ダウンジャケットを羽織って彼女の朝食の買い出しに出かけた。昨日会ったばかりの他人を部屋に一人残すのは防犯的な意味を含めていろいろ不安ではあったけれど、彼女には行き場がないことないはずだと自分に言い聞かせ、彼女を起こさないように静かに部屋を出た。何より盗られて大して困るようなものは僕の部屋にはなかった。

 僕が菓子パンをいくつかと牛乳とコーヒーを買って部屋に戻ると、彼女は目を覚ましており、布団の上に泣きそうな顔で座っていた。僕が食料の入った袋を見せると、安心したのかこくりと頷いた。ほっとしたのか涙がぽろぽろと頬を伝った。

 僕は牛乳をマグカップに移して電子レンジで温め、彼女に好きな菓子パンを選ばせた。彼女は牛乳をすすりながら、大きめの菓子パンを2つ美味しそうに頬張った。僕はその姿を見て少し幸せな気持ちになった。誰かのために自分が役に立ったということを生まれて初めて実感できたからかもしれない。僕はそのとき、彼女のためにできることは何でもしようと心に決めた。

 その日の午後を丸々使って僕たちは一緒に暮らしていく上での最低限のルールを決めた。決めたといっても、大部分の時間はカタコトの英語、正確にいうなら英単語の羅列と身振り手振りによる意思疎通に費やした。僕が仕事に行っている間は部屋の明かりはつけない、カーテンは開けない。テレビを見たり音楽を聴いたりすることは構わないけれど、必ずヘッドフォンを使うこと、もちろんチャイムが鳴っても決して出ないこと。

 夜になって、僕はその日の夕食と次の日の朝食を買いに出かけた。買い物に出る前、僕が米を研ぎ、炊飯器をセットするのを彼女はじっと見ていた。

 僕は決めたばかりのルールに従い、電気を消してから部屋を出た。きちんと鍵がかかっているかどうかを確かめるため、ドアノブを回して引っ張ってから階段を下りた。鍵のかかったドアのガチャガチャという音がアパートの廊下に響いた。