今でもあのときどうしてそんな行動をとったのかはわからないのだけれど、僕はそのまま彼女を放っておくことができず、暗証番号を押してアパート内部へと通じるドアを開けた。彼女はおずおずと僕の後ろについてきた。裸足の彼女が足を踏み出すたびにひたり、ひたりと音がした。幸いなことに2階の僕の部屋にたどり着くまで誰ともすれ違わなかった。

 自分の部屋の前まで来ると、僕は鍵を開け、彼女を中に招き入れた。狭い玄関のたたきのところで彼女に待つように身振りで示し、雑巾をお湯で濡らして彼女に渡した。戸惑う彼女に足を拭く仕草をしてみせると、こくりと小さく頷いて手足を丁寧に拭き始めた。その間に僕はファンヒーターをつけ、お湯を沸かした。

 彼女が足を拭き終えると僕は雑巾を受け取り、彼女をファンヒーターの前に座らせた。彼女はまるで焚火に当たるかのように両手を送風口に差し出し、暖をとった。僕は誰かにもらったまま棚の中にしまい込んでいたティーバッグで紅茶を作り、買ってきたポテトチップスの袋を広げて差し出した。彼女は困ったような表情を浮かべて「ノー・マネー」と言ったが、同時にお腹がきゅうきゅうと音を立てた。

 僕がお金は要らないということを何とか身振り手振りで伝えると、彼女はほっとしたような表情でポテトチップスを1枚つまみ、愛おしそうに口に運んだ。よほど空腹だったのだろう、最初は1枚1枚おずおずと手を伸ばしていたが、途中から一度に2枚、3枚といっぺんに口に運ぶようになり、あっという間に袋は空になった。彼女は食べ終わるといとおしそうに指についた塩分を丁寧に舐めた。